陸上自衛隊富士学校 体験入隊記
(02/11)
粥川善洋は去る10/29-31、陸上自衛隊富士学校にて体験入隊
 を行った。今回の参加はトヨタ自動車の自主研究組織「トヨタ
 マネジメント研究会」の活動の一環で、自衛隊の組織研究を
 企図した粥川が研究の前段階として、その現況を少しでも
 実感出来ればとの趣旨から行われたもの。

なお今体験入隊は、東京電力の新入社員研修に混入する形で
 行われた。同社技能研修部各位、並びに指導戴いた陸上自衛隊
 富士学校特科教導隊の方々に改めて深く感謝の意を述べたい。
静岡県は駿東郡小山町に広がる富士学校。ここは陸上自衛隊内の教育機関として、多くの幹部
 自衛官も一度は足を踏み入れる場だ。自衛隊各駐屯地では主に春期に広く体験入隊の受入れを
 実施しているが、ここ富士学校は通年に亘って多くの研修が行われている。

29日朝9時半、粥川とその上官であるトヨタ自動車勤務、桜井茂正氏は富士学校に第一歩を踏み
 入れた。今回の受入れを取り計らい戴いた広報班・中江二佐(中佐)に御挨拶。冒頭は東京電力
 社内の開校式のため我々は参加せず、貸与された戦闘服・戦闘靴に着替え、いざ出陣する。

開校式が終わると早速、基本教練が
 始まった。停止間動作(「気を付け」
 「右向け右」等)、続いて運動会でも
 御馴染みの行進間動作(「縦隊前へ
 進め」「左向け止まれ」等)の練習が
 延々と続く。

17時、君が代の流れる中、総員敬礼
 で国旗降下が行われ、漸く終了と
 思いきや、団体行動は終わらない。
 今般は企業の社員研修に便乗する形となったため、主に規律、連帯責任の思想を学ぶ機会と
 してプログラムが組まれているが、基本的には初年兵教育から銃の扱い等自衛官のみ可能な
 行動を除いた形と考えれば良い。従って食堂へ行進、宿舎へ行進、風呂へ行進。しかも買物
 が10分、風呂が15分しかない為、緊張の連続、忙しいことこの上ない。

暗くなっても日課は続く。自衛隊名物とも言えるベッドメイクは
 マットに毛布5枚、シーツ2枚を用いて行う。硬貨が跳ねる程に
 角を付けねばならない(左写真)。自衛隊経験者がすぐさまホテル
 マンになれると言われる所以だ。

この後、班長との懇談で漸く一服。わが班は自衛隊歴8年の高橋
 三曹(伍長,左写真)。研修隊全体の教官である篠田二尉(中尉)
 ともども今回接した自衛官の方々は皆折り目正しく、人格者で
 あったことを付記しておきたい。
束の間の懇談が終わると清掃、靴磨きと続き早22時の就寝まで10分余り、自ら設営したベット
 に入り初日が終わった。

ラッパの音とともに6時、2日目が
 始まった。起床後直ちに毛布、シーツ
 を所定の折り方で畳み、6時15分迄
 に広場に整列し乾布摩擦を始めて
 いなかればならない。かつ自衛隊の
 原則は「5分前集合」。素人には当然
 難しいので、連帯責任で全員腕立て
 伏せをする羽目になる。

言う迄もなく富士の裾野の朝は寒い。
 体操を経て漸く服を着ると再び行進に
 より朝食。宿舎に戻ると何と部屋の中
 に台風が!。毛布、シーツの畳み方が悪いため全て投げ飛ばされている。これらも実際の
 初年兵教育を模したものとのことだ。

午前中は引き続き行進の練習。基本的に今研修は停止間、行進間動作の訓練を延々と続けて
 いるものと思えば良い。但し、徐々にレベルが上がり交替で班の指揮を執る。自らの号令で
 9名の班員が動く姿は仲々に感慨深いと言いたい所だが、実際には次にどちらに動かすのか、
 その為の掛け声は何だったかと思惑に忙しく、そんな余裕はない。

そして午後は今回のメインエベントとも
 言える行軍がやって来た。富士演習所内
 を8kmに亘ってひたすら歩く。距離より
 も革の軍靴が痛いのが辛い。行軍中は
 行進とは異なり、外敵の急襲に備え乍ら
 整然と歩を進める。

更に中間の平場で行われたのが、遂に
 登場、これぞ陸上自衛隊「匍匐前進」だ。
 常に右手を挙げているのは実際には銃を
 持つから。全5種類中、4種を行うと体はガタガタで、是非一度体験してみたいと思っていた
 割には頭は真っ白になっている。(下写真は第二、並びに第四見本)

事後、再び歩く。漸く行軍も終り
 と思いきや俄に銃声が。我々には
 わが国送電線を切断せしめんとす
 某国特殊部隊の諜報という「状況」
 が与えられており、銃声は当然
 爆竹なのだが左右に分散待避し、
 行軍気分が高まる。演出戴く自衛
 官の方々には頭が下がる許りだ。
流石に二日目ともなると慣れ、夜も
 昨日程タイトではなく、班長との
 懇談も滑らかになる。
 話は夕食後に鑑賞したレンジャー訓練に及んだ。不眠不休の日々に死者さえも出たと聞く。
 レンジャーは普通科(歩兵)中心なので高橋三曹は未体験だが、催涙ガスなど苦しい訓練余話
 には事欠かない。「滅多に出来ない経験ですよ」「確かに。ロシアでもないと出来ないですよね」
 と私。「あれ(劇場占拠事件)非道いですよね〜(笑)」(高橋三曹)と話も弾む。

清掃を終えると就寝。この時妻からのメールで巨人軍4連勝で日本シリーズが幕を閉じたこと
 を知るが返信する間もなく消灯。危急に備え、眠れる時に確実に眠るのが軍の基本なのだ。

最終日、再び乾布摩擦に始まるが本日
 は6時10分集合、例の如く腕立伏せに
 なる。午前は行進訓練も大詰めで各員
 交替で指揮を執り、午後に備える。
 昼食後には各班毎停止間・行進間動作
 の演練を行った後、支援隊長見守る中
 観兵式が行われることになる。

この最終課程は東電教育担当への成果
 披露であり、かつ自前の靴なきトヨタ
 自両名は足の傷みも激しく参加は見合
 わせたが、見学していると明らかに様になってきているのがよく分かる。しかも不思議な
 もので僅か3日とはいえ、自然と号令に体が反応するようになってきているから恐ろしい。

この3日間、東京電力新入社員諸兄は何を学んだのだろう。連帯責任から格差の是認、「個」へ
 と日本企業もその根本原理を確実に変えつつある。しかしながら「規律」の意味するものは
 変わっていないし、それが失われつつあるのではないかとの懸念が囁かれるわが国において、
 軍組織の意義は再評価の必要性があるというのは贔屓目過ぎるだろうか。

或いは自衛隊という組織も変わりつつあるのやも知れぬ。
 情報化の進展によりピラミッド型の軍事組織は変化する
 のか、というのが今般の研究命題である。勿論それは
 富士学校の3日間では分る訳もないし、それを意図した
 のでもないが、研究云々以前に今般の体験入隊が国民の
 一人として貴重な経験であったのは疑いないし、その姿
 を伝えていくことが私の使命であろう。

かく思いながら31日16時(ひとろくまるまる)、我々は
 富士の裾野を後にした。