航天機構
履歴
what's new
水城
self introduction
読書
bookreview
宇宙
space development
化猫
"GEOBREEDERS"
雑記
text
他薦
link
Send mail to: mizuki@msd.biglobe.ne.jp

February,10,1997

「女王天使」
著者:
グレッグ・ベア
出版社:
早川書房
分類:
SF,文庫

久しぶりの読み応えのあるSFです。一度通しで読んだ直後に、また読み返してしまいました。

近未来のロサンジェルス、ナノテクに代表される新技術と精神セラピーの普及により、風景も社会構造も一変した街で起こった大量殺人は、主人公たちを政治と精神の迷路に誘うのだった……。

物語は冒頭から、士郎正宗度120%の展開を見せてゆきます。初め、この物語の主人公と私が見做していた、ナノテクによる”変容者”の女捜査官はまさに、典型的シロマサ主人公的な、公安系の人間。しかしやがて物語は彼女を流されるだけの傍観者にしてゆきます。その中で、彼女の心境の変化があります。シロマサ嫌いの自分としては、ほっとする結末でした。

代わって物語中盤から、他者の精神への没入(帯いわく”サイコダイブ”うーんなんてわかりやすくなるんだろう)の描写がクローズアップされてきますが、はっきり言って、デタラメっすね。

ベアは自分の作品の中で、必ず一つ、特大の”ちょー”理論を、決まって物語中盤あたりで繰り出してくるという、嬉しい癖を持っていますが、今回はコレです。

他人の精神がまるで都市のように可視化できる上、人格が歩き回って会話できて、そのうえバーチャルにウォークスルーできるという、反則ぎりぎりまでに都合の良い設定です。人の精神が、多くの人格”サブルーチン”の協調の結果である説も……今時サブルーチンは無いと思います。せめてタスクとか。

そんなこんなしているうちに、恒星間探査機の人工知能AXISの投げかけてくる疑問”自意識とは何か”に、物語に散りばめられた、殺人者ゴールドバーグの詩、散文の断片が、そして”精神と罪”というメインテーマが浮かび上がってくるわけです。巧すぎです、ベア。

巧いといえば、翻訳者の技巧を凝らした造語も見物です。たとえば、「寄族」(”イーロイ”とルビが打たれている。語源はもちろんウェルズの「タイム・マシン」からだ)という造語は、明らかに”社会の寄生虫””貴族”という、二つのイメージの合成です。

テーマについては、”罪の意識は罰を恐れるがゆえにある”という見解には私は反対します。どちらかというと、ディックの”罪の意識は感情移入の結果である”という考え方を支持します。我々は常に、周りをシミュレーションしています。シミュレーションが傷つくとき、我々の心もまた、痛みを覚えることが出来るはず。

さて、読み返しも終えて、一息つくと、なんか物足りない気分です。そう、ベアらしくない。いつもの、べらぼうなイメージはどこ?

そういう訳で、次の「火星転移」に、ひたすら期待。

-戻る-