「夢で飛ばすのならロケット要らんよな」
−とある宇宙技術者のセリフ
では、後編、”青春編”です。
ここは、”接触編”で基礎っぽい辺りを学んだ、宇宙世紀にふさわしいスペェスノイドをめざす人のためのコラムです。ここでは、本格的な知ったかぶりが出来るよう、突っ込んだ説明と、専門用語を使います。専門用語ってのは、使うぶんには難しいほうが有り難味が増すってものですし。
構体とか、通信とか、そのあたりの突っ込んだ解説を順にしていきますけど、いきなり推進システムへGO!というせっかちさんは、こっから飛びましょう。
宇宙機の中はスカスカです。
中のものはみな、宇宙機の壁や床の、パネルにネジ止めで固定されていて、そういうパネルを全部バラしてしまうと、後には何も残りません。
宇宙機設計者が欲しいのは、空間ではなく、パネルの面積なのです。それも、機器の熱を逃し、直射日光から守り、打ち上げの時の振動にもびくともしない、そういうパネルが欲しいのです。
この条件を満たすパネルには、以下のような種類があります。
1:板材
うすっぺらな、アルミやジュラルミンやポリカーボンの板です。
単純に日陰が欲しい時に使います。振動には弱く、薄いため機器の固定には向きません。材料代は、宇宙機の値段と比べると激安です。
2:アルミハニカム材
段ボールをアルミで作ったと思ってください。そういう感じのパネル材です。細かい構造は段ボールとは違って、えーと絵に描いた方が早いや、こういう感じです。
同じ重さの単純なアルミ板材の1000倍ほども頑丈で、見た目よりも遥かに軽くなります。ただ、機器の箱を取りつける際、そのままでは中身がふにゃふにゃで、ボルトで固定できないので、ネジ穴の位置にだけ、インサートという、ネジ穴を開けたアルミの小さな固まりを埋め込んで、エポキシで固定します。
アルミハニカム材の値段は、いっちゃん安いもので一平方メートル十万円ほど。航空機にも使われている材料ですが、宇宙用は、なんと中のハニカムの仕切りに全部、小さな針穴が空けてあります。宇宙で中の空気がちゃんと逃げるように。面倒です。
3:金属からの削り出し
金属のカタマリを削って、補強構造を作り込んだパネルにします。例えば、国際宇宙ステーションの日本モジュール、JEMの壁は、厚さ13mmのアルミの板を、三角形の窪みで覆いつくして作られています。窪みの底と、外壁との厚さは3mmほどなのですが、窪みと窪みの間にある壁が板を補強していて、非常に頑丈です。強度は作り方によります。問題は作る手間。ぶあつい金属のカタマリをほとんど削り取って、軽く作ります。いくら機械が削るからといっても、面倒です。
通信装置やコンピュータなどを収める箱も、削り出して作ります。
材料は大抵アルミなのですが、より軽いが削りにくいマグネシウム、更に軽いが毒性のあるベリリウムなども使われます。ベリリウムは心持ちピンク色をしており、軍事用によく使われます。粉末は甘い匂いがして、呼吸器に入るとヤバい…って匂った時点でヤバいじゃん!
4:溶接、接着で補強する
例えばロシアの宇宙機など、ステンレスの円筒に板を付ける、といったやりかたで構体を作ることがあります。面倒だけどアルミの溶接も結構やります。そりゃ田舎の鉄工所で作るわけじゃ無いからねぇ。
ミールなんかは5mmのアルミ板材にリブを網目状に溶接して補強して使っていました。すると削り出しと同じ強度で削るよりも安く作れます。ま、ロシアは溶接技術あるからねぇ。
もっと多いのは接着。エポキシ系の接着剤やパテはよく使われます。コネクタや基盤をエポキシで固めて、壊れにくくするという技も有ります。もっともコレは、修理もしにくいので要覚悟。瞬着もオッケェです。さすがに強度は期待できませんが。
パネルだけでなく、アルミやカーボンの丸棒もよく使われます。アルミは肉厚の頑丈なものにします。カーボンはまぁ元々頑丈なので軽く出来ますが、周回軌道が低いと、薄いけど存在する大気の、酸素分子に腐食されて、数年でボロボロになります。表面を例えばカプトンのシートでぐるぐる巻きにするなどの対策でカバーしましょう。
カプトンもそう、宇宙機では多用される常連さんです。色は半透明の黄色から茶色がかった、感触はセロハンテープな、そういうフィルム材です。
実際に宇宙機の構体を設計しようとしたなら、まず、打ち上げ機の性能から、宇宙機全体の重量を出し、そこからまず、一割ほど予算を頂きましょう。宇宙機の重さはつまり、構造重量比0.1程度が目安となります。もっと小さな値を狙ってみるのもグー。
次に打ち上げ機の振動条件(つまりどんな揺れ方をするか)と、載せるものがどのくらい振動に弱いかをチェックしましょう。
振り子は、その長さによって、揺れの周期が決まります。そしてどんな物も、形を変えた振り子とみなすことができます。どんな物も、構造で決まってくる振動の周期、固有振動数を持ちます。例えば人間の固有振動数は大体110Hz辺りです。衛星に実際の振動を加えてみる振動試験をしていると、ちょうどその辺りで、尾てい骨から背骨を登ってくる、奇妙な感じに襲われました。しかし、人間は骨だけではなく、肉やら何やらで一杯です。ですから、固有振動数も実際には単純なものにはなりません。そして宇宙機も、そういうヤバい周波数を幾つも持つことになります。
もし、打ち上げ機の振動条件に、宇宙機の固有振動数が合ってしまうと、宇宙機は、打ち上げ機から力を貰って、振動の振幅を大きくします。そして、振動に材料が耐えられなくなり、壊れてしまいます。
ものは、剛性が高くなると、固有振動数も高くなります。大体、1kHzより固有振動数が高ければ、打ち上げには問題無いでしょう。
そして振動に弱い(許容振動条件のきつい)ものを、宇宙機の中でも剛性の高い場所に優先的に割り振ることになります。真ん中の強度のありそうな辺りが一等地ですね。
今度は、搭載機器が、熱にどのくらい弱いか(許容温度条件)を調べます。宇宙機の軌道と、その熱収支パターンを押さえ、日陰で冷えすぎず、日向で熱くなりすぎないようにします。具体的には、宇宙機のまわりの各面への熱伝導率、それと表面の反射率のコントロールになります。これは、熱制御材、サーマルブランケットでコントロールします。
サーマルブランケットは、銅を混ぜたアルミを蒸着したカプトンシートを数枚重ね、その間にナイロンの網を挟んでクッションのようにし、網の作るすきまによる熱絶縁と、アルミの蒸着で金色に輝く表面の反射で、断熱をよくしたものです。これは宇宙機を覆う服のように仕立てられ、縫い合わされ、マジックテープで宇宙機に固定されます。
このサーマルブランケット、国産のものは外国のものにくらべると色褪せたような、少々安っぽい感じに見えます。
でも、最近の宇宙機では、表面が真っ黒な”ブラックカプトン”が主流となってきています。こっちのほうが僅かに性能がいいそうです。
表面への熱伝導は材料と、熱を受け渡すのに使う断面積の問題です。熱伝導経路が不足ぎみなら、専用の経路、ヒートパイプを使います。これは、中にアルコールなどを詰めたパイプです。これを熱源から放熱する面まで引っ張ります。これは例えば、ドリームキャストでグラフィックチップを冷やすのにも使われています。
以上のような項目を頭に留めながら、パネルに各種機器を固定していきます。
忘れてはいけないのが、打ち上げ機に固定する部分。これを分離部と呼びます。宇宙機の底のリングと、ロケットのてっぺんのリングを、一緒に絞め込むリングで固定するものが多いです。切り離しの時は、このリングを絞め込むボルトに爆薬を仕込んでおいて、爆発でボルトを切って固定を解くという仕組みです。
これが代表的な構体の構成です。
スピン衛星なら、中央に”センターシリンダー”を持ちますし、表面は太陽電池です。
シャトルの表面は熱絶縁の良いタイルなので、放熱用の表面を、カーゴベイの扉の裏に用意しています。有人機なら気密性が無いと困りますし、内側からかかる気圧も考えないといけません。ロシアのように重い材料を使っても、頑丈で効率の良い円筒にして問題をクリアするという方法もあります。
宇宙機がカタチになってきたら、振動試験をしましょう。モーダルサーベイという種類の試験で、どの周波数でブルブルと共振するか、ちょっと振って確かめてみます。もしヤバい周波数がなければ、今度はランダム加振です。打ち上げを模擬したラストチェックです。
熱真空試験もしましょう。宇宙機がまるごと入る釜(真空チャンバ)に入れて、中の空気を抜きます。親の仇のように抜きます。釜を冷やすと、中の空気分子が釜に張り付いて、更に真空に近づきます。これで寒くて空気の無い、宇宙にちょっと似た感じにできます。
これで動くことを確認したら、今度は太陽代わりにランプで照らして、あぶってやります。ちゃんと動いたら、暑くしたり寒くしたり、太陽に照らされたり地球の陰に入ったり、という状況をシミュレートしてやります。これをクリアすればオッケェ。
難しいのは、無重量環境の、ゼロGのシミュレーションです。ヤバそうな部分だけを、フリーフォール飛行機”ゲロ吐き彗星”で動かしてみるとか、エアホッケーの台みたいなテーブルの上で、空気で浮かせて一軸ずつチェックするとか、そういう事をします。
でも一般的なのは、コンピュータの物理シミュレーション、数値演算で無重量環境での振る舞いをシミュレートすることでしょう。太陽シミュレーションや地磁気シミュレーション、地上局シミュレーションも組み合わせると総合的な宇宙機の姿勢制御シミュレーションに使えます。衛星をマジで作りたいのなら、宇宙環境シミュレータは是非とも作るべし。
まずは太陽電池。
太陽電池は半導体部品です。他のシリコンどもと同様に、放射線には弱いです。
ここで、放射線について簡単なハナシを。
放射線というのは一口で言えば、破壊力のデカイビームなのですが、ビームにも粒子ビームからレーザーまであるように、放射線の中身も様々です。
まず、よく知っているX線。これは光や電波と同じ電磁波の仲間で、紫外線を多少パワーアップするとX線になります。さらに強力にするとガンマ線です。こいつらは貫通力が強く、宇宙船の薄いアルミの板っきれ程度では防げません。
他の放射線は電磁波ではありません。電子や陽子、中性子、原子核といったタマが、猛烈な速度で飛んでくると、放射線になります。特にヘリウム原子核はアルファ線と呼ばれます。
電子は大して問題になりません。地球の磁場が曲げちまいますから。同じように原子核も磁場に影響されますが、こちらは重いので、磁場であんまり進路が曲がらず、当たったときの被害も重い分大きいのです。ただ、貫通力が小さいので、簡単なシールド、例えば数ミリのアルミ板で全部防げます。
実のところ、放射能危険地帯ことバン・アレン帯とはすなわち、地球磁場に捕らえられた高エネルギー原子核のたまり場に他なりません。
さて、太陽電池の話ふたたび。
太陽電池を剥き出しで宇宙に晒しておくとどうなるか、接触編で説明しましたが、これは紫外線やアルファ線のせいです。
つまり、軌道によって寿命は変わってくるけど、つまりいつかは駄目になるということです。半永久的に動く宇宙機は存在ません。
ただ、放射線に対する強さは、材質とつくりかたによって違ってきます。通常のシリコンは弱く、ガリウム砒素では割と強く、人造サファイヤやダイアモンドはほぼ無敵です。また、エネルギー変換効率も、アモルファスシリコンで現在11%、結晶シリコンで17%、ガリウム砒素で27%と、変わってきます。
値段はガリウム砒素がダントツに高く、結晶シリコンが性能の割に安いので、昔はガリウム砒素を使っていたような衛星でも、最近ではシリコンを使う事が多いです。
発電能力は、太陽電池の面積かける単位面積あたりの太陽光のエネルギー密度(1360W/m2)に、エネルギー変換効率(さっきの17%とか)を掛けたものになります。
発電された電力は、電圧は30から50V、光の量で電流の多さが変わる、直流電流となります。通常の電源と違い、電圧と電流の関係は一筋縄ではいきませんが、相関関係はあります。
太陽電池の単位はセル、1セルは昔の奴で大体、2×2もしくは2×4センチほどの大きさで、国産の単結晶シリコンだと色は青褐色、ロシア産は真っ青です。アモルファスは褐色になります。
最近のセルは大型のものが多くなっています。大型のほうが性能が良いんです。6×4センチなんて代物も。セルは衛星表面やパドルに、エポキシ系接着材で固定します。
次に、バッテリーについて。
バッテリーの重さは、宇宙機の全重量の一割以上になります。宇宙機の性能の基準は電源、巨大なパドルと高性能のバッテリーの組み合わせで決まります。
バッテリーは、まず、真空中で使えないとお話になりません。これで空気電池が脱落。重いものやガスを発生するもの、例えば鉛バッテリーも困ります。
あと条件は特に無し。なら性能の高いものを使いたい、例えばリチウム二次電池なんか使いたけど、宇宙は民間のトレンドから少し遅れていて、最近やっと載るかな、といった所です。現在の主力はニッケル金属水素電池。よく売っている、Ni-MHと書いてある奴です。また、宇宙用として、ニッケル水素電池、圧力容器にニッケルと水素を密閉して使う、かなり恐いバッテリーもあります。古い宇宙機ではニッカドを使っています。
これら充電可能なバッテリーは、電圧1.2Vほどのパック、”セル”単位で用います。このセルを複数束ねて、例えば10個束ねて12Vを作ったりします。手持ちの充電可能な電池を見てください、多分、1.2Vか、その倍数の電圧だと思います。
燃料電池というものもあります。こいつは、水素と酸素を、燃焼という経路を通らずに反応させるものだと思ってください。反応には逆浸透膜を使い、そこでイオンの移動という形に持ち込みます。つまり、電荷の移動です。言うなれば、燃焼反応のエネルギーをまるごと電力に出来る訳で、非常にエネルギー密度が高い、効率が良いと言えます。
反応の後は、水ができます。これを電気分解して、もとの水素と酸素に戻すのが、いわゆる充電に相当します。
大型の宇宙機、例えばシャトルでは以前から使われていましたが、近年急速に小型化が進んでいる分野です。そろそろノートパソコンでも使えるものが出るでしょう。
逆に大型化が進んでいる分野もあります。電気二重層コンデンサは、近年どんどんと大型化していて、バッテリーとして使えるようになりそうです。
太陽電池の他の発電機としては、
などがあります。
基本は”熱源”と”電力への変換方式”の組み合わせですが、例えば原子力電池は、”放射性物質”と”熱電対”の組み合わせ、原子炉は”臨界に達した核分裂”と”熱電対もしくはイオン電子効果”、太陽熱の場合は”太陽熱”と”スターリングエンジンやガスタービン”の組み合わせです。
えー、原子力電池と原子炉は、全くの別物です。原子力電池は、持っている放射性物質の量が少なく、どうやったって臨界に達し得ないので、結構安全(健康には悪いけど)です。でも、プルトニウム使っていると、知っての通りケミカル的に毒なんで、注意しましょう。
また、原子力電池は、熱源として、別に使い道があります。木星辺りの遠宇宙は、太陽の光も弱い、つまり、宇宙機が冷えがちなのですが、知ってのとおり宇宙機にはバッテリーが欠かせません。でも、ホラこれ、冷えると駄目でしょ。日本が惑星探査機を遠くまで送れないのは、原子力電池を禁じ手にしているからです。
原子炉は、炉心に制御棒、一式揃っています。臨界に達しちゃいます。扱い方によってはメルトダウンします。ヤバいです。しかし80年代には、アメリカと旧ソ連で結構使っていました。実用段階に達していたのは旧ソ連のもので、電力が欲しいけれど低軌道だからパドルが空気抵抗になるし…という大型のレーダー偵察衛星に使われていました。ソ連崩壊後、アメリカはちゃっかりロシアから新鮮な奴を何個か購入しています。
テザー発電は、ちょっと違います。こいつは、熱源無しに直接発電します。地球の磁場の中に伸びたテザーは、軌道を猛スピードで飛びながら、その磁界を横切ってゆきます。すると、フレミングの右手の法則のとおり、テザーには電流が流れるのです。
なにやら凄くよさげに聞こえますが、注意してください。宇宙ではタダ飯はありません。問題は、結局どこからエネルギーを貰っているか、という事ですが、それはつまり、テザーの運動エネルギーに他なりません。つまり、テザーは発電しながら、やっとのことで上がった軌道を降りてゆくことになるのです。
通信系で一番大事なもの、それは使う周波数帯の割り当てです。
宇宙機は世界で唯一、他の誰も使っていない周波数を使う必要があります。地球の周りをぐるぐる廻る宇宙機が、世界のどこかで使われている周波数を勝手に使えば、地球を一周するごとに、いろいろと迷惑をかけることになります。
だから、使う周波数は国際機関、国連の下部機関であるITU(国際電気通信連合)に割り当てを貰わなければいけません。
電波の周波数というのは、波長でいろいろ分類されています。宇宙機が使うのは、10MHz以上の周波数、つまり30m位の波長から、短かくなる方向です。
ミリ波よりマイクロウェーブの方が波長が長いのはおかしいのでは?なんだか、昔はその辺りの波長がすっごく”マイクロ”に見えたことに起因しているらしいので、気にしないように。まぁ、マイクロソフトのOSみたいなもんです。
更に波長が短くなると、遠赤外線になります。更に波長が短くなると可視光、紫外線、ガンマ線となります。波長が短くなればなるほど、電波の指向性は高くなります。例えば、VHF放送は山すそをまわり込めますが、UHFのローカル局は受信できない、という経験はありませんでしたか?
ですから、波長が長い、つまり周波数が低いほど便利なのですが、そういう波長はもうあんまり余っていません。それに、ディジタル情報を送る場合、周波数が高い方が、高速に情報を送れるのです。
波には、大きさ、波長、そして位相の三つの属性を持ちます。ディジタルデータは、この位相や波長を切り替えて表します。波ひとつに、こういう操作をできる回数というのは限られていますので、情報の密度は、単純に波の多さ、すなわち波長の短さによって決まってきます。
波に対する操作の仕方を、変調と呼びます。実はFMやAMというのは、変調の方式を表しています。AMは波の大きさをアナログ的に変えます。FMは波長を変えます。ディジタル情報はまずPCM変調、次いでPSK変調をかけるというのが一般的なやりかたです。
電波を出すにも受けるにも、アンテナが必要です。アンテナは、使う電波の波長より大きくなければなりません。また、電波は、波長より大きな隙間があると、そこから漏れます。これは逆に言えば、波長より小さな穴で、たっぷり肉抜き軽量化しろ、という事ですね。
波長が長ければ長いほど、アンテナはぞんざいで良く、例えば棒でもヒモでもオッケェなのですが、波長が短くなると、細部に気を使った、なめらかなパラボラのようなものを使う必要が出てきます。
接触編で、結構詳しく解説しているので、ここではパス。
いいかげんじゃのぉ。
宇宙機に複雑なことをさせるには、それなりに賢くなくてはこまります。まぁ普通は(普通じゃない場合は、そう昔はリレーで作ったシーケンサ)コンピュータを積む訳ですが、狂ってくれても困ります。
放射線によって、何の対策もしていないウブなコンピュータはコロリと狂ってしまいます。狂いかたには二種類あって、データのどこかが1ビット狂うアップセット、チップ全体がカチンと止まってしまうラッチアップのどちらかになります。
これら二種類の放射線エラーに対して、強いチップを使う必要があります。実は昔のチップの方が、中の配線が太くて狂いにくかったりします。でも、古いものは最近ではどこも作っていませんから、買ってくるのも大変です。下手をすると、二十年前の設計のチップの製造ラインを、年に数個しか要らない宇宙機用に維持する、なんて馬鹿げたことに…実はよくある話だったり。
逆に細心のチップ、完全空乏型SOIプロセスなる技術を使ったチップは高価で高性能でしかも放射線に滅法強いと噂です。同じSOIでも部分空乏型は弱いらしいので要注意。
あとMRAMあたり放射線に強そうなんですけど、そういったものを使う機会は残念ながらまだまだ廻ってきません。使いたいっス。でも仕方ないので、普通のデバイスを使います。今時宇宙用なんて流行りませんし。CMOSだというだけで顔をしかめる人は今でもいますが、大丈夫です。あとFETも、p型は全然大丈夫らしいです。
まずは放射線に当てます。できるだけ色々な線種、アルファ線や重粒子など、少なくとも特性の違う三種か四種かは当てます。で、それぞれの結果から、肝心の宇宙での強さを推測します。当然、その宇宙機が飛ぶ軌道での放射線環境での話です。
もし、多少は使えそうなら、エラー訂正などの対策をして使います。
次にソフトの問題ですが、ごく最近まで、宇宙機用のコンピュータは冗談みたいにプアだったので、全部ゼロとイチで書いていたなんて過去があったり。職人さんが1ビット1ビット吟味して、8キロバイトなんて大きさにギュウギュウに押し込んでいたのも、そんなに昔の話ではありません。特に宇宙開発の世界では。
最近ではまっとうな宇宙機はちゃんとOSを積んでいます。最近まで日本の宇宙機、マルチタスクしてなかったっぽいけど、まぁ気のせいでしょう。世の中にはほっておくだけで、青い画面を見せておかしくなってしまうOSなんかがありますが、こんなモノを宇宙で使うのは論外、組み込み用のリアルタイムOSを使います。
さて、ソフトの書き方ですが、CやC++という言語を使って、でももしかしたらISSでは謎言語Adaを使う羽目になるやも、というのがまず基本。
プログラムは宇宙機のセンサの出力をまず拾いまくります。姿勢センサや電源のセンサ、通信機の生死確認などが最優先のチェック項目でしょう。
姿勢センサから宇宙機の姿勢を計算し、アクチュエータを動かして正しい姿勢にします。宇宙機の温度やバッテリの充電状況など、さまざまなデータを集めて集計し、通信機で地上に送ります。そして通信機で受信した、海のものとも山のものともつかない代物を解読して、コマンドを見つけ出し、コマンドを実行します。これがバス系のソフトの仕事。ミッション系はお好きなように。但し、優先度は低めになるけどね。
推進とは、宇宙機の一部分を吹き飛ばして、その反動で宇宙機の速度を変えることです。
たとえ推進剤タンクの中に収まった液体水素でも、仲間は仲間。宇宙機の質量という奴の一部です。他の部分と同じ速度を持っているからこそ、タンクの中に収まっている訳です。こいつを仲間はずれにするには、エネルギーが必要です。
大抵の場合、そのエネルギーとは、熱になります。熱を与えると液体は気体になり、その膨張が力となり、気体となった推進剤に速度を与えます。この速度は熱さで決まります。どのくらい推進剤を食うかは気体の分子量で決まります。膨張はモル単位ですから、分子量が小さいほど重量的に有利なのです。
熱をつくる為に、大抵は推進剤に燃えるものを使い、燃やして熱をつくります。燃焼、酸化反応ってヤツですが、化学反応であるがゆえに、出てくる熱もカロリー単位で一定です。だから、燃やして熱を得る、化学推進タイプは、分子量の小さい液体水素、液体酸素の組み合わせにこだわる訳です。
しかし、液体水素は氷点下252℃以上だと蒸発しちまいます。軌道上のような熱的に色々とシビアな環境では、ヘタすればタンクを破裂させて推力を発生しかねません。だから沸点がもっと高い推進剤を物色します。そう、液体酸素も問題です。沸点は氷点下183℃。
そういう理由から、ヒドラジンと四酸化二窒素という組み合わせが、宇宙機では重宝されます。ヒドラジンの沸点は114℃、四酸化二窒素の沸点は常温の21℃です。しかも触れ合うだけで燃え上がるラブファイヤー!非常に便利ですね。毒だけど。
ヒドラジンの代わりに、非対称ジメチルヒドラジンを使う場合もあります。沸点は66℃です。あとヒドラジンと非対称ジメチルヒドラジンの混合燃料も、A-50という名前でよく使われます。
ちなみに液体酸素は透き通った淡いブルーだそうです。
でも、もちっと高度な推進システムが欲しい、というのが宇宙機屋の本音です。必死こいて軽量に作ったのに、効率の悪い推進システムを積むのは勘弁して欲しいところ。
推進剤をケチりたかったら、推進剤の膨張速度を速くしなければいけません。
要するに、燃焼に頼らず、もっと高い熱をゲットしてくれば良い訳です。例えば原子力。炉心の燃料棒の間に推進剤を通します。例えば太陽熱。鏡で集めた光で推進剤を暖めます。例えば反物質。質量がまるごとエネルギーになるのを使います。
しかし、太陽熱はともかく、ちょっと衛星に原子炉を…という訳にはいきません。反物質もねぇ。反物質、とれとれだったら考えますけど。欲しいのはコンパクトな奴。
ここで初心に帰りましょう。熱でエネルギーを与えなきゃいけないちう法律はありません。ほな、熱の次は電気いきまひょ。
よく聞くのがイオンエンジンという奴。原理は簡単、手近なテレビのブラウン管の管面を叩き割りましょう。あっ本気にしないで危ないから。ガラス面のすぐ下に、シャドーマスクがあります。ソニー製品ならトリニトロンね。管の奥には電子銃があって、電子ビームを撃ってきます。これが電極になっているシャドーマスクに飛んでくる訳です。
イオンエンジンでは、このブラウン管の中に、キセノンみたいなガスを入れてやります。これが電子ビームでイオン化され、そのまま運ばれて、そのままシャドーマスクを超えて吹き飛ばされていく訳です。
この吹き飛ばすスピードというのはちょっとしたものです。秒速20から40キロ。問題は出力。例えば貴方のテレビ、電子銃で撃たれてボッコボコなんて事ありますか?そう、めちゃめちゃ弱いのです。だから、いちどきに吹き飛ばせる推進剤はコンマ数グラム。ただ、逆に言えば燃料が長持ちする訳で、だから推進剤の切れ目が命の切れ目な、静止衛星では重宝されています。推力も、必要なだけずうううっと吹いていればオッケェじゃん、という考え方もある訳で、そういう用途、例えば小惑星探査機に使われたりもします。
おつぎはプラズマエンジン。推進剤に電流を流してプラズマにして、電極で押したり引いたりして加速してやります。電子銃を使わないから原理的には大きな推力を出せる筈ですが、電力を食いまくります。ですから、現在実用化されているエンジンはどれも、ちびちびと推進剤をプラズマ化して、みみっちく推力を得ています。こいつのいいところは、推進剤を選ばないところでしょうか。中には、テフロンの丸棒を使う奴もあるくらいです。
さて、次は、わくわくやさしい軌道計算です。ちょっと怖じ気ついたアナタ、最初に戻って読み返して、心の準備をするというのも一興です。
さて、宇宙機に自由を与えてやったところで、軌道計算ってステキな響きのヤツに取り掛かりましょう。案外と簡単なものです。まぁざっと目を通して下さい。
1:とりあえず打ち上げる。
ただ単に打ち上げた場合、最初、その宇宙機の軌道は
昇交点赤経(Ω)= 黄道面(太陽系の赤道みたいなもの)を超えたときの、直下の赤経。日本から打ち上げる時は、(秋分の日からの何日経ったか)+(打ち上げ時刻(時)*15)+(日本とクリスマス島の経度(西経155°)の差(70°))あたりになります。
1月1日午前六時打上げだと、100+90+70=260°辺り。
大体こんな軌道要素を持ちます。
この6つのパラメータを、ケプラーの軌道6要素と言います。細かい説明は、ここではしません。だって…いっぱい脱落しそうだし。軌道の見かけを決めるのは、最初の3つのパラメータなので、ここだけサクッと説明します。
軌道長半径(a):軌道の高さ、それも最高値です。でも、地球の中心から計った数字だということを忘れないで。だから、地上からの高さ+地球の半径(6378km)です。
離心率(e):軌道が円に近いかどうかを示します。0で真円、1ではもう二度と帰ってこない軌道です。
軌道傾斜角(i):赤道の上をずーっと飛べば、傾斜角はゼロです。ずれてくると、傾斜角は大きくなり、傾斜角が90度になると、北極と南極を結ぶ、極軌道になります。つまり、ゼロから90度までの値です。(ホントはゼロから180度までだけど、まぁ気にしないで。逆まわりなんてしないでしょ)
この3つのパラメータを、まず弄ってみましょう。
2:らんでブー
上級者は、軌道計算の華、ランデヴーにとりかかってみましょう。
えーともう、予想はついているかと思いますが、ケプラーの軌道6要素のうち、説明しなかった残り三つの要素が必要になります。が、面倒なのでパス。
ここで伝授するのは、本物でない、見せかけのランデブーです。
今の宇宙機の軌道と、ランデブー先の軌道、この二つを結ぶ軌道を導かなくてはなりません。このランデブー用の軌道を、遷移軌道と呼びます。英語で言うとトランスファオービット。今回は、今の宇宙機の軌道の近点で遷移軌道に乗って、遠点で降りる、位相合わせ抜きの1パス遷移をゴー!
まず、相手の軌道要素、そして今の宇宙機の軌道要素、この二つが必要です。例えば打ち上げてすぐミールにランデヴーする場合、公開されているミールの軌道要素、それと先の”ただ単に打ち上げた場合”の軌道要素を使います。まず必要なのは、最初の3つのパラメータです。
これから、まず、高い軌道の方で、一番高度が低くなったときの高度を求めます。ここから、遷移軌道の軌道長半径が求まります。
次に、低い軌道の方で、一番高度が高くなったときの高度を求めます。この高度と、先に出した高度との差から、離心率が出せます。
要は、この二点に接する楕円を探す訳ですが、さてあと一つ、軌道傾斜角を決めましょう。とりあえずは、傾斜角はそのまま。ランデブー先の軌道に、軌道長半径と離心率を合わせた軌道にとりあえず乗って、そのあと、ランデブー先の軌道とクロスした時に、乗り換えましょう。
これでトランスファ軌道のみかけは完成です。
3:待ち合わせ
きちんとランデブー、ドッキングするには、あとはタイミングさえ決まればオッケェです。つまり、残りの三要素というものは、このタイミングを決める為のものなのです。
この安直講座で、この三つを求める方法を説明するのはちと無茶なので、ちゃんとした方法を知りたい人は専門書で勉強しましょう。ずぼらでかつ暇が結構ある人は、すこしづつ三つのパラメータを変えながら、よさげなトランスファ軌道を探しましょう。
まず、近地点引数(ω)を決めます。だいたい90度あたりにしときましょう。
次に、昇交点赤経を決めます。例えば日本上空でランデブーする場合、近地点引数は、(秋分の日からの何日経ったか)+(上空を通りかかった時のソマリア沖、日本の90度西の経度の時刻(時)*15)になります。
最後に真近点離角。これは、軌道上のどこに宇宙機がいるかを示します。近地点で0度、そして遠地点である日本上空で180度となる訳です。
しかし…安直だなぁ。
宇宙機は、このトランスファ軌道に乗るときと、降りるとき、最低二回はスラスターを吹いて、軌道を変えます。
さてさらりと書いちゃいましたが、つまり二回、姿勢をビシッと決めてスラスターを吹く、という訳です。問題はそう、どっちを向けばいいのやら。
一回目は、軌道傾斜角を変える必要はありません。軌道面の方向、軌道の接線方向に吹かしましょう。軌道を変えるということは即ち、地球をグルグル回る速度を変えることです。
二回目も、軌道面の方向、接線方向です。目標の軌道と軌道面が違う場合、三回目をしなくてはいけません。軌道面変更は、重力のアレコレを気にすることなく、ベクトルの足し算で、軌道面の上側か下側か、スラスターを吹く方向を決めましょう。
二回目は、ランデブー先が上なら、更に加速、下なら更に減速です。
軌道シミュレーション:
さて、ここで秘密機関マツド・サイエンティストラボの協力を得て、電算機シミュレーションで仮想的に宇宙機を飛ばしてみましょう。
MadOrbit |
|
さて、ダウンロードしたファイルを適当な場所に解凍して、おもむろに実行しましょう。インストールなんて面倒な操作は必要ありません。代わりにアンインストールもありませんが、抹殺したいときはフォルダごと消去しちゃって下さい。
ひととおり操作に慣れ、デフォルトの宇宙機の駄目さ加減に飽きてきたら、さーて、自前でデータを作って、差し替えましょう。
まずはミールとかISSとか、ありものの宇宙機をシミュレートしてみましょう。
そういう宇宙機の軌道データは、CelesTrak WWWなどに一杯転がっています。
大体、こんな感じで並んでいると思います。下は、ミールとISSのデータですね。名前の下二行がデータで、この形式を、NORAN two-lineフォーマットと呼んでいます。そう、北米航空宇宙防衛司令部が更新している公開データです。
ISS (ZARYA) 1 25544U 98067A 04133.98993579 .00009620 00000-0 85115-4 0 7630 2 25544 51.6265 145.1099 0010910 127.4088 323.3745 15.69355081312799 MICRO LABSAT 1 27600U 02056D 04132.75197094 .00000029 00000-0 29027-4 0 3900 2 27600 98.6086 207.2479 0010606 327.7780 32.2767 14.28671222 73497
さて、このフォーマットの意味を解説し、必要な軌道要素をどう取り出せばいいか、解説しましょう。
1 AAAAAX XXXXXXX BBBBB.BBBBBBBB .CCCCCCCC XXXXX-X XXXXX-X X DDDZ 2 AAAAA EEE.EEEE FFF.FFFF GGGGGGG HHH.HHHH III.IIII JJ.JJJJJJJJKKKKKZ
見方: A-その衛星のカタログ番号 B-元期 C-減衰率(2分のn-dot) D-要素番号
E-軌道傾斜角 F-昇交点赤経 G-離心率 H-近地点引数 I-平均近点離角 J-平均運動
K-オービットナンバー Z-チェックサム
という訳で、離心率、軌道傾斜角、昇交点赤経、近地点引数、平均近点離角と、必要な要素のうち5つまでがそのまま載っています。
長半径aが見当たりませんが、これは平均運動Jから求めます。正確には、平均運動Jと万有引力定数G、地球の質量Mからです。
万有引力定数G = 6.673*10^-11[m^3/kg*s^2]
地球の質量M = 5.974*10^24[kg]
J = srrt(GM/a^3)
a = Math.pow((G*M)/(J*J),1/3)
というような計算で出します。ここではざっくり、下のJavascriptに平均運動の値を入れて、軌道長半径を出しちゃいましょう。
軌道変更は”まだ”できません。でも、そのうちできるようになるでしょう。
それまで待てないという人は、独力で勉強しましょう。例えばこのHTMLファイルには、もうひとつ、JavaScriptのファンクションが隠されています。ソースを見るのが吉。
マジもののアドバイスをするなら、
といったものから取り掛かるべきでしょう。
ミッションによって必要となる通信速度が違ってきますし、帯域によって通信速度、しいてはミッションも制限されます。特に帯域の確保は政治の話なので大変です。
使用する部品の中に一つでも弱いものがあると、そこで確実に失敗します。耐放射線性は一番わかりにくい特性なので、早めに調べるべきです。
ソフトウェアはまず取り掛かれる部分から、つまりインタフェイスの定義と冶具、検証系から取り掛かるべきです。
当然、人員と予算の都合は先立たねばなりません。打ち上げ条件は、Rockotにとりあえず適合しておくと夢が広がっていいでしょう。安いし。ここまでくるとミッションも確定している筈なので、必要な電力、温度、姿勢条件などが出せるようになります。形状なども決まるでしょう。何が必要なのかはっきりします。衛星が形になる瞬間です
そうして開発と試験を繰り返して宇宙機を作り上げていきます。あとは突っ走るだけです。
さて、えー、希望がありましたら、太陽発電衛星とか、スペースコロニーなんかも扱いたいなー、と思っています。
しかしとりあえず、講座はこれにて終了。ADEOSアミーゴ!
…不吉な。