11月30日(水) 「されど紅白歌合戦」
紅白歌合戦の出場歌手が発表さる。今年は司会者を聞いたところで既に可成りウンザリしたが、
初出場歌手の名を聞いても、半分位は演歌枠の人なのか、NHKへの寄与度が考慮されたのか、
事務所単位での他の大物歌手との抱き合わせ販売なのか、判らなくなってきた。
中継で初出場する、ここ数年ヒット曲から掛け離れて仕舞ったユーミンは、
却って寂寥感を増して仕舞わないだろうか。それ以前の問題として生で歌って大丈夫なのだろうか。
或いは度々繰り返すが、ミレニアム紅白で本編終了後のBSステージで
故・三波春夫が「今年は皇紀2660年」と言い出した様なハプニングは起きないだろうか。
とナンダンカンダ言いながら今年もゆく年くる年まで見て仕舞いそう。
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11月29日(火) 「人は育つ」
如何とも体が疲れて帰った途端に祐旭が「いないいないワンワン」。
要は障子と扉を開け閉めしての追い駆けっこだが、披露困憊の身には辛いところ。
やむを得ず、ではまず「ねんねグー」してからねと懇願する。
こちらは文字通りで寝っ転がる遊びなので、至って楽だが
果たして2歳の乳児に説得を試みることが可能かと案じていたところ、
余程お父さんの顔に疲労の色が濃かったのか、その場にゴロンと寝る息子。
単に会話が成立するのみならず、段々と意思の疎通、更には交渉が可能な域に
入ってきたかと妙に感慨を抱いた。のみならず少しご無沙汰していた玩具
人は少しずつ、着実に育っていくもの。
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11月25日(金) 「ドラマツルギー」
師匠・佐渡ヶ嶽親方(元横綱・琴櫻)の定年退職のその日に、
琴欧州が横綱・朝青龍を破り大関昇進を決める、という展開は
余りに美し過ぎる展開で、大相撲らしいと言うと響きが悪いが、
矢張り大相撲らしい。別に話が出来ていた訳ではなかろうが、
横綱も2差あってここで負けても7連覇に支障はなく、
ドラマツルギーを成立させ易い状況は揃っていた。
佐渡ヶ嶽部屋は37歳の娘婿・琴ノ若が同日限りで引退し継承。
嘗て輪島の引退の歳にも論議を呼んだが、野球界でも監督兼選手が29年振りに
誕生したからではないが、大相撲も人材不足の折、二枚鑑札(親方兼力士)
制度を復活させても良いのではなかったか。
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11月23日(祝) 「"規制緩和という悪夢"か否か」
耐震強度偽装事件で民間検査機関機関の是非が問われている。
しかし規制改革を進め検査の民間委託を可能にしたのは、
検査機関相互の競争を通じ、より高質な検査機関が生き残ること過程を通じて
市場原理が徹底されることを主眼にしたものであり、
検査機関に対する管轄官庁の監督責任は勿論全くないとは言えないが、
第一義的に問われるものではなかろう。
詰まり消費者自身が、今回のケースで言えば施工主のみならず検査機関についても
鑑識眼を持つことが求められ、消費者自身と
検査機関や施工主が市場から排除されるという結果で責任を負う仕組みというのが
「事前規制から事後規制へ」というスローガンに見合った社会ということになる。
というのは論理としては実に明快だが、実際にそうした責任認識が消費者に
行き渡るまでの間の犠牲者、規制改革推進論に立てば自ら鑑識を見誤った分に見合う責任を
負うべき者にしてみれば溜まったものではなかろう。
問題は犠牲者に委ねるべき責任分担を控除した上で、市場から排除される業者が
負うべき責任−即ち実態としてそれは全て負担することは不可能であるから
保険原理なりにより何等かの形で社会全体が負担すべきシステムを事前に構築しておくという
ことになるが−をどう担保するのかだろう。
今回は行政が裁量的に幾分か負担することで落着が図られるのかも知れないが、
それでは市場原理とは相反する感覚を背景とした、"お上"意識に基づく微温主義的な社会を
根本では温存し続けていることに他ならない。
危機的状況においてこそ、規制緩和は悪夢ではないという
明快な論理構成が求められている。
今日も楽しいゴルフでしたが、スコア的には平平凡凡に終わりました。
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11月22日(火) 「百年の折り返し」
自由民主党の立党50周年記念党大会。当初は大々的に賑やかしく挙行する予定を、
選挙の大勝を受け"ハシャギ過ぎ"と揶揄されないよう控え目にしたとの振れ込みだったが、
超幅広画面に大きな文字(写真)でド肝を抜いて始まり、オーケストラも入るなど
それなりに華やかなものだった。内容は奥田経団連会長が
「総理はワンフレーズ・ポリティクスと言われますが、選挙の際も『物心ともによろしく頼む』
と言われただけで以心伝心だった。それ位政治と経済の関係は蜜」と
(恐らく)原稿にない文言で笑いを取っていたのと、表彰で県議生活50年という
驚異的な御老体がどう見ても80代半ば過ぎには見えなかったことと、
立党50周年宣言を話題の杉村太蔵議員がアンチョコも見ず暗記して読み上げていたのが
印象に残ったというところか。
従前は数十年に亘り政権与党が替わっていないのは日本と伊太利くらい、と
政治学の本には必ず指摘され、双方とも下野後、伊太利は政権交替時代を迎えたが
結局わが国は自由民主党政権が再び継続している。これまでの50年がそうであったことは
確実にわが国にとって幸福であったことは疑いないが、これからの50年もそうであることは
果たして是か非かは正直なところ判らないというのが実感ではないか。
終了後は小泉首相も通ったという高輪議員宿舎に程近い壇太ラーメンにて昼食。
実際現職大臣が秘書・SPの方々とラーメンを食っておられ一寸吃驚。果たして美味でした。
"財界の鞍馬天狗"中山素平氏死去。90歳を過ぎた頃には元気に経団連会館の階段を
駆け上がっておられ驚愕した覚えがあり、何時迄も生きそうな雰囲気があったが99歳の大往生。
富士・八幡の大合併はじめ、政官業のトライアングルとその尖兵であり潤滑油を務めた
日本興行銀行という存在を体現する存在が、構造改革の世の中から消え行くのは
象徴的とも言える。"そっぺい"か"そへい"か論争になったことがあったが"そへい"が正解だった。
合掌。
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11月21日(月) 「二歳の七五三」
先月27日に満二歳を迎えたばかり、しかも男の子なのにもう七五三である。
昨今では男児の三歳を祝うのは少ないし、必ずしも数えでやるとも限らない。
お父さんも嘗て数え三歳で挙行し、その衣装をお宮参りに使い、更に仕立て直して
今般臨んだのだが、お父さんは2月生まれなので数えでも満三歳に近かったのに対し、
満二歳、まだ乳母車で七五三に現れる御仁は殆どいない様に見受けられる。
少子化時代を反映し、一人に費やす手間を大きくすることが可能になったことから、
再び男児の三歳の祝いも復活傾向との指摘もあるが。
ともあれ早朝から荻窪の写真館で着付け後撮影。
しかも着物を持ち込んだおかげで安く済んだので、予定外に家族写真も撮影することに。
終了後数カットの内から紙焼きする写真を選んで終了。
最近はこの手の撮影もデジカメなので、CD−ROMに焼くサービスもあり、
こちらは1枚2500円と安いのだが、1600×1200とL判程度にしか焼けない大きさでしか
データを呉れない。詰まり大判で紙焼きするなら7000円払って下さいということで、
敵もさるものである。祐旭は絶対に号泣するだろうと思ったが、「もういい」を連発しただけで
存外にいい子で1時間程で終了。公式写真は12月完成予定。
そこから神社に移動。お宮参りは永田町の山王神社まで出向いたが
今回は石原前大臣や若貴兄弟の子連れ写真も誇らし気に飾られている杉並の大宮八幡宮にて。
5000円で祝詞のみならず神楽も舞って呉れてお得なセット。これが1万円払ったら
何が増えるのだろうか。関係ないが「二拝二拍手一拝」と大書してあり、
神官氏は「二礼拍手一礼」と述べていたが何方が正しいのだろうか。
11月15日前後というと旧暦だと完全に真冬である。昔の人は寒くなかったのだろうか。
何よりも無事この日を迎えられて良かったでしゅ。
元々この日は休む積もりだったのだが、ここから昼飯食って荻窪に衣装を返して
お父さんは赤坂へ。シンポジウムに出て夜は飲み会と多忙な一日と相成った。
お席では何時の間にか水割りがロックに変わっており、飲んだ瞬間に気付いたのだが、
気にせず同じペースで飲み続け死亡。これでは気付いても意味が無い。
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11月20日(日) 「復活の日は何処」
ウッズ来日・優勝で話題を呼んだ宮崎・ダンロップフェニックスの初日首位に立ったのは
デビッド・デュバル。98年米賞金王に輝き、01年には全英オープンでメジャー制覇を
果たしたタイガーの嘗ての最大のライバルも、02年からは相次ぐ故障に失恋の痛みも加わり
不調のどん底へ。今年は予選通過も数試合にまで落ち込んで仕舞った。
元チャンピオンとして来日した今大会も64-68-71-75と日に日に成績を落とし
結局7位タイ。それでも獲得賞金は63.5万円、今年1年で7,000ドルの氏にしてみれば
大いに復活に向けた契機を掴んだということかも知れないが。
デュバール33歳。明年の奮起を期待したい。
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11月19日(土) 「記憶の彼方に」
阿佐ヶ谷中央公園へ赴く。流石にここまで来ると家から徒歩20分以上掛かるが、
子供の頃は丁度高円寺と阿佐谷の中間辺りに住んでおり、
巨大な滑り台を持つ公園が往事の記憶に存在していたので、
ここではないかと当たりを付けてきたらドンピシャリだったのだ。
最初は怖がっていた祐旭もノリノリに。小学校高学年とも見える児童も
多数遊んでいる。滑り台は偉大だ。実際加速が付いて大人でも結構楽しい。
ところで祐旭はカメラを構えると「ポージュ」と叫んで構えるのみならず、
機嫌良くなると自ら撮影を要求するまでに写真慣れしてきた。
デジカメ世代と言うべきか。
PALのうどん店「秀月」は旨くて安くて思い出した様に食べたくなるのだが、
カレーうどんにピーマンが入っているのに閉口した覚えがある。
今日は味噌うどんを頼んだのだが何とここにも。しっかりピーマンの味が
出て仕舞い何とも妙な味わいだった。鳴呼、大人しく何時も通り力うどんに
すれば良かった。焼きそばやラーメンに入ったモヤシを一本一本抜く作業も
飯を食った気が失せるし、一本でも口に入って仕舞ったら
不味いこと夥しく味噌ラーメンを頼む際には逐一「モヤシは入っていませんか」
と確認しなければならないのが、うどんにピーマンはレアケースだろう。
と言っている内に祐旭はすうどん一人前をペロっと平らげて仕舞った。
うどん好きの2歳、味覚もお父さんに似たか。
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11月18日(金) 「OPSとは何か」
ヤクルトの古田新監督兼捕手が重視すると言ったことから日本でも
OPSが話題になり始めている。元々米メジャーの潮流を規則・記録等でも
数年遅れで採用する方式になっているので、古田氏が取り上げなくとも
早晩来日することになったろう。
OPSとはON BASE PLUS SLUGGINGで出塁率と長打率の和で示される数値で、
例えば本年のセ首位打者は202安打の青木(ヤ)だが、単打が多いのでOPSだと
.387+.417=.804で、首位金本の.429+.615=1.044には大きく見劣りする
結果になる。計算式は以下の通り。
出塁率 長打率
↓ ↓
(安打+四死球) 塁打=単打×1+二塁打×2+三塁打×3+本塁打×4
−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(打数+四死球+犠飛) 打 数
一見して判るのはこの二つを単純に足しても合理的な数字にはならないということだ。
分母にも開きがあるし、百歩譲ってそれを無視したとしても分子だけ足すと
[四死球+単打×2+二塁打×3+三塁打×4+本塁打×5]となって、
言わば”四死球より安打に相対的に高い価値を見出した獲得塁率”とでも言うべきもので、
一打数あたり幾つの塁を奪ったか、を示している訳でもない。
恐らくは出塁率と長打率を足すと丁度1.000になる選手が年に何人か出るので、
好打者を示す数値として使えるのではないか、といった発想だったのだろう。単純に
塁打(=単打×1+二塁打×2+三塁打×3+本塁打×4)+四死球
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(打数+四死球+犠飛)
では何故いけないのか。野球界には早急に再検討をお願いしたい。
ドラフト。毎年制度が変わってる感あるが、今年はこの後準支配下選手ドラフトもあるので
一挙に三回である。四国リーグからの指名がなかったのは石毛が胡散臭いからか。
今更巨人一辺倒でもなかろうから、もう完全自由競争で良いのではないか。
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11月17日(木) 「直着?」
このところ急に寒くなりベストを着ていると
「ウォームビズですか」と言われることが多いが、
ここ十年位このスタイルである。会社では
「粥川のチョッキ姿を見ると冬になったと感じる」等と
美しく言えば風物詩の如く、有り体には古式ゆかしい地方公務員の如くと
言われていたが、遂に時代が私に追い付いたということだろうか。
ウォームビズとは「男女を問わず室温20度で快適に仕事ができる服装が対象で、
ニット製品の重ね着や保温性の高い下着、帽子などを組み合わせたスタイル」が
正当な解釈らしい。
従前からこのスタイルの人も居たということは、
三つ揃えが飛ぶ様に売れてスーツ産業がホクホク、といったクールビズ程の
盛り上がりは期待薄だろうし、いきなし室内で帽子は違和感があり過ぎるだろう。
因みに"ベスト(vest)"は英語だが、"チョッキ"には
jacketが訛ったもの、ポルトガル語jaqueから、のほか
「直着」との説もある様だが、韓国語でも同じくチョッキというので
これはないだろう。しかしジャケットから如何に訛ったら
チョッキになるのかも不思議である。
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11月15日(火) 「慶賀」
紀宮清子内親王殿下の御成婚を衷心よりお慶び申し上げます。
石原都知事が披露宴後に珍しく言葉を選んでコメントしていたのが
印象的だったが、中でも丁寧に天皇・皇后両陛下の動向について
「立場と身分を超えて同じひとの親として微笑ましい」と形容されるなど
「立場と身分を超えて」を連発していたのが、
逆に皇室と臣下の身において大きな差異があるということを
言外に想起させて、実に微笑ましかった。
党本部の凡ゆる会合のお昼はカレーである。嘗ては傍聴者も
食べられたらしいが93年の野党転落に伴う経費削減で本席のみとなり、
政権復帰以降も継続されている。昔は出席者も数が限られていたので
可能だったのだろうが、今の寿司詰め状態の部会ではただでさえ配膳の方も窮屈至極で
何時お盆をブチ撒けて仕舞わないか見てる方がハラハラする程で、
とても全員に配る様な芸当は出来ないだろう。
稀に余っているとご相伴に預かったりもするが、
党本部9階の食堂では販売もされている。他の定食等が4〜500円程度の中で
何故かカレーだけ600円と高価で、勿論特段美味とは言い難い。
ところが最近一部の部会でスパゲッティが流行っているので、
今日はナポリタンを試食してみた。カレーに対して150円安いこと、
胃のもたれが少ないことはメリットとして挙げられるかも知れないが、
まぁ毎日カレーでは飽きるからという以上の特段の意義はない様である。
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11月14日(月) 「二桁の喜び」
遂に達成である。二桁である。感動である。涙チョチョ切れである。
これからは百少々の好スコアでも
「いやぁ百も叩いちゃったよ」と軽口を叩くことも出来るのである。
苦節5年半の長き道程であった。初ラウンドから3回連続200を超え、
泣きそうになったことが昨日のことにように、というのは真っ赤な嘘で
遥か昔のことと思い出される。詳しくは別項記事に譲るが、
本日で通算64回目のラウンド、これまでの自己記録104を一挙に5つ縮めての
到達となった。
勝因はOBのない易しいコースだったこと、ドライバーが概ね当たっていたこと、
パットも中尺効果でそこそこ好調だったこと、アイアンもまずまず真っ直ぐ飛んでいたこと、
と要は全般に好調だったのだが、ハイライトは
後半 番ロング、第二打をチョロって残り170y、しかも右前方から山が張り出して
グリーンが見えない状況で5W左花道狙いが少々右に飛び出たおかげで見事スリーオン!。
幸運である。しかしここ数回ラウンドでパーやバーディーも出ながら、
叩くホールがあって平凡な成績に終わっていたのに対し、
幸運を巧く活かしかつ叩きホールを減らすことが出来たウッドの好調さが
最大の勝因であったろう。また前半が52だったので後半は自己ハーフ新の50切りを目指し、
ほぼ達成が見えたため100切りに過度のプレッシャーが掛からなかったことも
功を奏したと思われる。ゴルフとは力を抜くこと、というのは至言であった。
本年17回目のラウンド、
多くの平日ラウンドをセッティング戴いた本日のメンバーの方々に感謝申し上げ、
今後更なる精進を期したい。
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11月13日(日) 「髪を切った貴方に」
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(左)髪切前 (中)最中 (右)髪切後Vサインとともに
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伸び伸びとなって仕舞った祐旭の髪結いに新宿高島屋へ赴く。
椅子毎にビデオ放映が可能になっており、恐らく10年以上前の
電車ビデオを回して貰って漸く本人も落ち着いた。それどころか
終わって帰ろうとしてもまだ見たいと泣くことに。電車の力は偉大だ。
お買い物をしていると「くんかい、もういい」を連発。
「くんかい」=外出なので、要はもう帰ろうの意と受け止められる。
「もういい」にしろ「いやん」にしろ否定的な言質を連発する様になってきた。
帰ってからは2週間遅れのお誕生パーティーと相成ったが、
2歳に合わせて遂にVサインが自力で出来る様になってきた。
一歩一歩成長が確認されるのは楽しい。
アジアシリーズでロッテが無事優勝。嘗て84年に巨人創立50周年を記念して
前年の米大リーグの覇者オリオールズと当年の日本優勝チームの"日米決戦"七試合を行う
というイベントがあったが、肝心の巨人があっさりペナントで敗退し、
広島とその年は全く奮わなかったオ軍という実に地味な決戦が成立して仕舞った
ことがあった。無理に米メジャーと戦うよりも、まずこの亜細亜シリーズを
定着させることが先決ではないか。
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11月12日(土) 「貫一お宮、或いは、助六に揚巻」
友人の結婚式二次会を運営するのも思えば約4年振りである。
以前は舞踏隊と名打って、
毎度毎度奇抜な衣装で踊り捲くっていたが、流石に30代も半ばを過ぎ、
運営する側も概ね家庭を持つ様になると、01年5月のH氏御成婚二次会の際の如く、
4月から土日のほぼ全部を潰してプラン策定に始まり踊りの練習、ビデオ作等に明け暮れ、
土曜日に仕事を入れざるを得なくなった際には替わりに金曜を休んで作業を
継続した、といった熱の入れ方は不可能になり、受付で男女別にカードを渡し、
カードに書かれた人物名に基づきカップルを作って貰うという、オーソドックスなゲーム
とともに新郎が目一杯飲むという判り易い出し物に留まったが、
段々二次会も少なくなってきたためか予想外に盛り上がり、何はともあれ良かった良かった。
ところでゲームのカップル名がマニアック過ぎるのでは、との指摘があった。
"愛新覚羅溥傑"を持ってきて「この相手は誰ですか」と問われた方に、
「"嵯峨浩"ですね」とお答えしたが、若干困惑した表情をされておられた。
それも又良き哉。
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11月9日(水) 「閉会中」
例年ならこの時期は臨時国会が開催され、殆ど通年国会の様相を呈しているのだが、
今年は夏の選挙から特別国会と本来秋に行われるべく日程が前倒しされたため、
人事が終わって仕舞うと党本部も閑散としている。年末の風物詩、税調を控え
プチ秋休みの感。
現在、高円寺駅は中央線ホームのバリアフリー化とともにJR系ホテル建築による
駅周辺の再開発が進行中だが、久々に阿佐ヶ谷とのガード下を歩いてみたら
ディスカウント・スーパーが出現していた。確か以前は周囲の凡ゆる家屋に
「24時間スーパー絶対反対」の看板文字風看板が出ていたがと辺りを見回しても
跡形もない。そのココロはと尋ねるとスーパー本体に大きく「6時〜23時営業」と
記してあった。
足して2で割るというわが国の知恵も悪くない。
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11月8日(火) 「富士山麓に」
国会議員本人を囲んでのゴルフコンペにはこれまで何回か出場したが、
議員本人と回るのは初めてで、かつ腕前が腕前だけに少々不安だったが、
議員の周囲を和ませるお人柄に助けられ、富士の裾野で大変楽しい一日を過ごさせて戴いた。
適度な緊張感が良かったのかいきなりボギー・パーと絶好の発進。
これは議員と張り合えるかと意気込んだが、それは単なる錯覚に過ぎず、
ショートで8を叩いて撃沈。それでも9番では第二打残り160yを9Wで見事ベタピンに。
バーディーパットは当にあとひと転がりが足りなかったがパーで締めの52は及第点。
午後の最終ホールまで来てドライバーが激しく崩れてスコアは平凡に終わったが、
パットが前週程猛威を振るわずこの成績で、珍しくアイアンショットも安定していたという点で
更に今後に光明を見出す結果に久々に満足の行くゴルフだった。
還暦を超えた先生はここ一番のドラコンで270yショット。
これは年寄りのゴルフではなく、年を取ったアスリートのゴルフである。
不肖の若年寄りゴルファー達にお付き合い戴き大変有難う御座いました。
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11月7日(月) 「吹けば飛ぶよな」
戦後将棋界初のアマからのプロ転進が実現。
将棋の世界は幼少時から奨励会に入って四段になって初めてプロと認められる
という点では相撲の関取の様なもの。実際、嘗ては師匠の家に住み込みで
というのが一般的だったから相撲部屋に酷似していた。
異なるのは最大限30歳までに四段になれないと退会を余儀なくされるということ。
勿論、相撲は体力要因があるから30過ぎても幕下というケースは滅多にないが。
何となく今回は隠遁していた坂田三吉の復帰を認めるか否かで
木村名人が立ちはだかった、みたいな戦後間もない頃の棋界を彷彿とさせ、
話題作りとしては成功だったろう。
現在の将棋は
若手の力が圧倒的に強く順位戦のA級、B級1組を見ても50代以上の棋士は一人のみ。
嘗て大山十五世名人が病み上がりの69歳で名人戦挑戦者決定戦に進み、
直後に現役A級のまま亡くなったといった神業は全く望めない。
今回の様なケースは滅多になかろうが、高齢化社会の昨今、
ゴルフにシニアツアー、野球にもマスターズリーグがある様に、
棋界も50歳以上のリーグ戦を設け、ここにアマからの参加も認めるといった
趣向も面白いのではないだろうか。
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11月6日(日) 「お次は浅草お乗り換え」
段々近場の散歩先にも飽きてきて本日は浅草まで遠征。
先週は平日の午後に会社をサボって公園、更には銀座を闊歩して
サラリーマン姿溢れる中に、同じくサラリーマン姿ながら
乳母車に乗る乳児連れという違和感丸出しで松坂屋の屋上で
新幹線型の短距離を2週する電車遊びに本人に請われるまま
連続7回も乗り続ける羽目になったが、
偶々松坂屋に入ったといいうのは可成りの僥倖で、
調べてみると銀座の百貨店で屋上遊園があるのは
既に松坂屋のみらしい。例えば三越はデパチカならぬ"デパオク"
として公園風に整備するなど、ここにも少子高齢化の波は現れ
高齢者向けにシフトしているという。
僅かに浅草松屋には今も都内有数の屋上遊園が残っている
ことを発見し、この度の遠征となった。しか古い街なので
地下鉄もバリアフリーには程遠く、寧ろトンネルも地面浅い部分を
走っているためか至るところに階段の登り降りがあり、
地上に出るまでに披露困憊、命辛々松屋に辿り着くと
確かに立派な遊園地だが途端に雨が降ってきて間が悪いこと
この上ない。結局玩具売場でプラレールの走りを観賞と、
わざわざ浅草まで赴いた意味は無くなったが、最近の祐旭の
お気に入りであるコンクリートミキサー車のトミカを購入し帰還。
本田美奈子氏逝去。何となく渡辺謙以来、白血病も今は治る様になった
という観念があったが、同世代の著名人がいきなり亡くなられると
衝撃である。合掌。
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11月5日(土) 「グローバリゼイション」
会社の同僚の御成婚披露パーティー。新郎が米在住印度人、司会が大陸中国人、
主賓の専務の奥様はアメリカ人と驚く程国際色豊か。
折角黄金週間に印度に赴いた身としては新郎とお放しもしてみたかったが、
酒もたんまり入った上に私の英語力では言うに事欠いて「ともに○○と
戦いましょう」とか口走って仕舞いそうだったので断念した。
殆どの知人に「印度料理が無いのは残念ですね」と振ってみたが
反応はなし。確かに印度料理店を借り切った訳でもなく、
陳山荘の一角で怪しげな印度音楽の中に印度カリーの桶が並ぶという
光景は想定し難かったろう。やむを得ず高円寺でカレーを食って帰る。
末永くお幸せに。
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11月4日(金) 「近聞遠見」
政治評論家のI氏の講演を聞く。氏の話す内容より寧ろ文章が好きで
古き良き時代のM新聞の良識を体現している風情のファンだったのだが、
残念ながら何度かお会いしたが、記憶に留めて戴ける程には印象を
与えられなかった様である。
今回の選挙は「小選挙区とはこういうものだと、頭では判っていたが
体感した」「明らかに競争激化の小泉政策を国民が支持したのは、
わが国の地方も思いのほか都市化していていたということ」という点が
僭越ながら同意見で安心した。
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11月3日(祝) 「汽笛一声」
今日は汐留に行ってみた。旧国鉄貨物操車場の趣きは既に全くなく、
再開発工事が更に進んでいる。如何にも高級そうで一般人進入禁止と大書してありそうな
大型マンションの傍らに、「イタリア公園」という瀟洒なスペースがある。
その名の通り伊太利亜を模したというか、ダビデであるとか
ルネサンス期の著名な像が林立している。何と言うかストレート過ぎるというか、
もうひと捻りなかったのだろうか。
狂言の和泉元彌氏がプロレス参戦。ここまで来るとお母様のみならず
御本人も兎に角注目されることが好きな根っからの芸能人気質なのであろう。
別に親族だから云々という訳でもないが。
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11月2日(水) 「弔問外交」
会社の上司の御尊父様の告別式に赴く。
恐らく何等か仕事があろうと思って早めに行って幸便に会社関係香典管理者兼
政治関係者への挨拶係を担う。香典の額は多過ぎても少な過ぎても失礼なもので
思わず自分の封筒を差し替えようかと思って仕舞った。
通常葬儀に出ると前の方に連なって焼香をするものだが、
受付に座っていたため概ね来訪者が絶えたところで焼香を、ということになり
前例がいないため思わずお焼香は何回だったか頭が真っ白になって
右の方に一瞬遅れて焼香と相成った。因みに数珠も忘れました。
失礼致しました。合掌。
ジャンボがジャンボな破綻。ジャンボ軍団はどうなるのだろうか。
維持するためには愈々シニアツアーに参戦せざるを得なくなるのではないか。
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