伊豆の宴 〜第4回88世代旧NC旅行
(03/11)
 [粥川] 旧NC旅行は97年4月を皮切りに、00年以降昨年の
「十年祭」を挟み、
  数えて4回目となる。その名の通り、当初は旧和里田内閣面子を中心に挙行
  されたが、幅広く88世代他に参加を募り継続されている。今般は、元関西地区
  RD前川賢司氏(KG88)を幹事に11/1-2に亘り行われた。
    ○過去の開催一覧(括弧内は幹事)
   97/4 浜名湖(平野秀樹氏KO88) 00/3 修善寺(小林大祐・裕子夫妻SP88)
   01/11 伊豆高原(高橋洋氏TO88)

 [本記=高橋洋氏TO88筆]
  @11月1日午前12時三島駅集合
三連休初日の11月1日、お昼12時にJR三島駅にて待ち合わせるところから、私のNC
 合宿は始まった。別働隊は早朝4時に家を出て、プレ企画のゴルフを楽しんだようだが
 (別掲)、この歳になってそこまでの元気がない連中は、12時に三島で週末にしては十分
 早起きだった。三島まで電車でやってきたのは、名古屋から花岡チャック(NZ88)と東京
 から高橋。とくに高橋は、待望の跡継ぎ誕生で幸せに包まれる(おめでとう!)粥川本誌
 主幹より、代役としての取材及び記事執筆の特命を帯びていたのである。

チャックと三島駅にて無事合流し、まずは近くの観光案内所を訪ね、周辺の観光情報を
 かき集める。そうしている間に、急遽当日朝に三島での合流を申し込んできた合田親子
 (隆太郎SP88&次男・光紀)が車で登場した。元々合田家は、自称紀子ちゃまラバンバ・
 ママ(AG88)とスターライト兄弟の一家四人で参加予定だったが、長男隆星の風邪により
 父子のみの参加となったのである。

  A三島・桜家
見慣れぬお兄さん・お姉さんの出現に光紀が人見知りする中、
 4人で三島名物・鰻を食べることになり、老舗の「桜家」へ
 向かった。静岡と言えば鰻であるが、ここ三島も富士山から
 の清水で美味しい鰻が食べられるとのことで、実際市内には
 数多くの鰻店がある。その中でも一二を争う名店「桜家」は、
 お昼時ということもありさすがに長蛇の列だった(左写真)。
 店先には10名以上が並んでいたが、更に店内にも10名程度が
 待っており、結局広い座敷に通される迄には30分近く経った
 だろうか。この間、狭い歩道を走り回る光紀を、合田パパは
 マラソンで鍛えた足で追い掛け回していた。今月も「二回だけ」走るとのこと。

そんなかんやで、1時頃にやっと鰻にありつくことができた。さすがに美味い!2800円
 のうな丼には、3枚(1匹分ぐらい?)の鰻が横たわっており、こってり脂が乗っていて
 とても柔らかい。2歳の光紀はもう大抵のものは食べられるようで、合田パパは自分の
 鰻を適宜分け与えていたが、鋭い視線でご飯よりも鰻本体をねだる辺りは、さすがに
 母親の血を引いているからか。光紀はその座敷を元気に駆け回り、他の客から温かい目
 で見られていたが、ここでもそれを追い掛け回していたお父さんは疲れ切り、「今日は
 暑いなあ」と言いつついつの間にかTシャツ1枚になっていた。

  B西伊豆・プレツアー
2時頃に桜家を脱し、午後は西伊豆をドライブすることになった。西伊豆は交通の便が
 悪く、私も訪れるのは初めてだったが、入り組んだ海岸線に小さな漁村が続き、如何
 にも日本の原風景という感じでなかなか風光明媚である。午後になり晴れてきたものの
 北方に鎮座しているはずの富士山は遂に拝むことができなかったが、伊豆半島の西北端
 の大瀬崎まで足を伸ばす。そこは比較的大きな入江に砂浜
 まであったが、11月というのに一杯であった。どうやら
 ダイビングのメッカの様で、大学生らしき集団の秋季合宿
 というところか、大勢のウェットスーツ姿の若者が浜辺に
 群れていた。そこで車を停め、北に向かって伸びた細長い
 岬を散策する。岬には神社もあり、その西は駿河湾、更に
 太平洋の大海原を臨むことができる。

この浜辺でもやはり、合田親子はひとしきり追いかけっこ
 をし、4時頃伊豆長岡温泉へ向け出発する。花岡のオバサンが車中で光紀と心を通わせ
 戯れる中で、予定通り4時半丁度に今晩の宿である「大観荘」に到着した。そこには既に
 ゴルフ組の前川、河田、芝村、小松、さらに宿直行組の松田浩(NA88)、平野(KO88)、
 ウッチー(ICU88)が到着していた。これで今回の総員10名+子供1名が勢揃いしたこと
 になる。

  C伊豆長岡温泉大観荘
芝村や高橋などの小姑から、幹事業務についてあれこれと
 9月頃からいちゃもんを付けられながら、急遽前川幹事が
 予約したその宿は、いわゆる近代的な大ホテルとは一線を
 画す、二階建てのなかなか趣のある和風旅館だった。その
 中でも、何と「離れ」の16畳もある大部屋を割り当てられる
 辺り、幹事の才覚のなせる技か、果た又騒ぐ集団と見抜か
 れたためか、判断は分かれるところである。まずは温泉に
 入り、6時頃までのんびりと過ごす。
 (左写真は、女風呂を覗く?平野と高橋)
空襲警報かと思われるけたたましい館内放送が
 鳴り響く中、6時から宴会場にて夕食、即ち
 一次会が始まった。半分ぐらいの面子には毎月の
 ように会っており、中には顔を見たくない人も
 いるが、姫路の更に西(芝村談)から万難を拝して
 来てくれた松田浩、宇治の経理を卒業できない
 平野など、東京ではなかなかお目にかかれない
 面子もいた。大観荘の夕食も、自家製豆腐に海の
 幸と質量共に豪勢だったが、更にサラダ、ビーフ
 シチューと洋食も並ぶ辺り、板前さんの苦悩が
 見えてきそうである。
因みに、この会場でも光紀は元気に走り回っていたが、もはや合田パパにはこれに付き
 合う体力はなく、代わりにティラノザウルス小松(HI90)が喜び勇んで追い回していた。
  D飲み会ゲーム
8時前には「離れ」に再集結し、いよいよ二次会が
 初めは比較的静かにちびちび飲んでいたが、NC
 合宿がこんなもので済むはずは無いということで、
 その内飲み会ゲームが開始、宴会王の浩が仕切り、
 「ニョッキ」、「松から始まる・・・」、更に恒例の
 「山手線ゲーム」、「007」、「指ゲーム」と次から
 次へと新手を繰り出し、大いに盛り上がった。

石橋を叩いて他人を渡らせて落とす芝村が、不規則
 運動を伴う「松から始まる・・・」に弱いこと、
 「ニョッキ」が弱いのに何故かそれをやりたがりチャックが自滅することなど、色々な
 発見があった。当初、別の部屋に籠もって光紀を寝かしつけることに専念していた
 合田パパも9時頃から参戦し、全員で飲ませて飲んだ。
途中罰ゲームに使う酒が足りなくなり、二度も
 近くのコンビニへ買出しに行ったが、11時頃に
 なると小松が壊れてきた。その日は朝早かった
 ためもあるだろうが、酔った勢いで自ら更に
 飲もうとし、進んで酒を浴びて行った。それに
 つれて呂律が回らず「ニョキニョキニョキニョキ
 ・・・」と自爆する一方で、大学時代と相も
 変わらぬ小松ギャグを舌も滑らかに連発した。
 (こちらが)酔っ払っていると、小松ギャグ
 でも大いに笑えるということが確認された。

12時前に小松に続いて芝村も潰れ、二人分の
 生ゴミは優しい前川と平野により洗面所前の
廊下に無事撤去された(右写真)。その後も一頻り飲み会ゲームは
 続いたが、1時が過ぎてチャック、高橋、前川が寝に入り、
 お開きとなった。実は更に、松田浩がウッチーと合田を引き連れ
 ラーメンまで食べに行ったとのことだが、筆者には殆ど記憶に
 ない。記憶にあるのは、夜中に洗面所へ行くために、狭い廊下に
 横たわっていた小松か芝村の体を何度も踏んだことである。

こうして、一応三年前とは異なり歳相応に場を汚すことなく、
 でも十分に盛り上がり、NC合宿の夜は更けていったのである。
  Eかつらぎ山ロープウェー
翌朝、飲み過ぎで気分が悪い中それぞれ無事目を覚まし、
 8時から朝食となった。小松は昨夜のことは、ギャグも
 含めて全く記憶になく、芝村は朝5時頃目を覚まし目の
 前に小松の臀部があることを発見して、取り敢えず座敷
 隅へ避難したとのこと。みんな二日酔いで食欲がなく
 静かに食事が進む中で、前川と河田がしっかりご飯を
 おかわりしたことは言うまでも無い。朝食が終わると、
 その日予定がある合田親子と平野が退去し、残った8名
 は10時に大観荘をチェックアウトした。
その日は伊豆長岡近辺を散策
 する予定だったが、チャック
 の強い希望により、「xxは
 とにかく高い所へ登りたい」
 (本人談)ということで、すぐ
 近くのかつらぎ山をロープ
 ウェーで登る。海抜452mの
 山頂まで1800mの空中遊泳 
 だったが、二日酔いも吹っ飛ぶほどの快晴に恵まれ、頂上からは富士の絶景を眼前に
 拝むことができた(上写真中)。頂上付近を散策し、フィールド・アスレチックで自ら
 の身体の老いを再認識した上で、ロープウェーで下界へ戻る。12時過ぎということで
 そろそろ修善寺へ移動してランチというのが事前の予定だったが、そのロープウェー
 搭乗口がある建物の目の前にはボーリング場があった。

  Fボーリング大会
誰からともなく、水が低きに流れる様に、ボーリングで賭けをということになっていた。
 昨日のゴルフ大会では、いつもの姑息な手段により(河田談)、芝村の一人勝ちだったと
 のこと。芝村が東京へ来て以来接待し続けだった前川・河田には、当然大きな復讐心
 が溜まっていた。昨夜の飲み会ゲームでは一定の憂さを晴らせたものの、金銭的には
 何ら補われていない。ここは、麻雀にゴルフにと賭け事大好きの88世代の名に恥じる
 ことなく賭けボーリングで再戦をということになったのは、極自然の成り行きだった。
1ゲーム目は、ジャンケンで2チームに分け、個人スコア
 の合計点で競う団体戦ということにした。松田浩、前川、
 芝村、ウッチー組は、好調の松田・前川に引っ張られ、
 前半先行するものの、手堅いチャックを始めチームワーク
 で追い上げた相手方に抜かれる結果となる。2ゲーム目は
 1ゲーム目の順位に応じて2チームに分け、4人で一人
 ずつ順番に投げていくという変則形を取った。これは一投
 目が高橋、二投目(スペアを狙う人)は芝村、三投目(次の
 一投目)はチャック、四投目はウッチーという団体戦で
 あり、個人のスコアは全く記録されない。1ゲーム目総合一位の高橋が不調で前半
 ストライクが殆ど出ず、従って順番が殆ど変わらない中で、スペアは偶に取るものの、
 破壊力に乏しいこちらのチームが完敗を喫した。

結果として2ゲームとも負けたのは、残念ながらウッチーと、何とも喜ばしいことに芝村
 であった。彼ら二人は、1ゲーム目に賭けたゲーム代2000円に加え、2ゲーム目に賭けた
 ランチ代2000円も支払うこととなった。やはり芝村は突発的出来事に弱い!ということ
 でニ連勝で一銭も払わずに済んだ河田が大喜びであったことは、言うまでも無い。河田と
 前川は今後ゴルフや麻雀は程々に、ボーリングの練習に専念することを固く誓い合った。

  G修善寺にて総括ランチ
「やはりお金が賭かると盛り上がる」と皆で熱く語り合いつつ、
 13時頃にボーリング場を後にし、修善寺へ向かう。事前に幹事
 が調べてくれていた蕎麦屋は二軒とも長蛇の列であり、別の
 和食の店へ入る。黒米(古代米)や蕎麦に舌鼓を打ちつつ、NC
 合宿は最後の総括に移り、
  ◎やはり年に一回は皆で飲みまくらなければならない
  ◎NC合宿に賭け事は必須
  ◎次回幹事は芝村
 などの点が議決された。
次回幹事を拝命した芝村は、関西芸人の夢である東京(蒲田)進出の野望を果たし、次は
 温泉の北方進出を狙っているとのこと。自分が最近までそうであった西方在住者の迷惑も
 省みず、「次回は北関東の温泉がいい」などとの就任演説を披露していたが、職権濫用を
 制止すべく皆で議論した結果、十年祭を挟んで三回連続で伊豆を会場としていることから
 次回は趣向を変えて能登または越中近辺が良いのではとの意見も出た。しかしながら、
 本人いわく、「みんなの意見を十分に聞いた上で、(独断で)決める」とのことなので、
 今後も厳しい監視が必要であろう。

更に、2005年度は愛知万博に併せて開催する旨チャックより提案があり、次々回は
 チャックが幹事となることが事実上内定した。名古屋近辺というのも新たな開催地であり
 まだ先の話ではあるが、数多くの方々の参加を期待したい。因みに本人によれば、「その
 頃名古屋の自宅にいる積もりでいる自分の方が心配」とのことである。

ということで、そのまま修善寺で解散となり、NC合宿を無事終えることができた。
 今年は常連粥川の不在などもあったが、それでも10.5名が伊豆に集まり、大いに旧交を
 温めることができた。前川幹事には心から感謝したい。大人数だった去年の十年祭も
 よかったが、温泉宿で壊れるまで飲むということも、この仲間でなければなかなか出来
 ないことである。「NC合宿」と言っても旧NCメンバーは参加者の半数に過ぎず、来年
 は芝村を幹事に迎えて質量ともに更なる拡大を望みたい。

いくつになってもこのように集まって馬鹿ができる仲間がいるということを、この上ない
 幸せと実感した秋の二日間であった。
プレ企画:ゴルフ