−宇宙暦0094、コロニ−国家ヂヲンの降伏からもう何年も経っているというのに、宇宙ではいまだに戦争が続いていた。−
強襲フリゲイト″ア−カム″の戦術AIは二十万キロメ−トル彼方に敵影を発見した。センサにはとっくに写っていたのだが、画像処理が遅れていたのだ。すぐさま戦闘体制への移行を開始し、次いでお昼寝中の艦長を起こした。
モビルス−ツのパイロット、ウラムはこれが初めての出動だった。
彼はこれまでモビルス−ツに乗るどころか、シミュレ−ションすら体験したことが無かった。コクピットは三百六十度全周スクリ−ンで、耐Gシ−トにはジョイスティックが付いている。シ−トに座り、体を固定しようと慌てているうちに、勝手にモビルス−ツは動きだした。
「おい、モタモタすんな、捜してるものは多分あんたのケツの下さ」
「AIか?」
確かにハーネスのもう一方は腰の下だった。どうやらこの機体は専用の人工知能を積んでいるらしい。パイロットらしく威厳をもってスティックを傾けるが、反応は無し。「なにしてんだ?」
「何って、操縦に決まってるだろが。おい、故障してんじゃないか、コレ」
スティックを音がするまで揺らして見せた。
「へっ・・はっ・・はあははははは・・・くっくっくっくっ・・」
「何がおかしい!どういうことだか、説明しやがれ、手前っ、AIの分際で」
「いやいや、うちのパイロット養成法も進歩したなって感心してたんだ。確かに、何も教えないってのが正解かも知れんな」
「くそっ、どういうことだ、おいっ!」
ハーネスを外して立ち上がろうとすると、突然の加速でシ−トに引き戻された。
「あのね、つまりね、君は何もしなくても良いって訳。全部、こっちがやるから。あんたよりもシリコンの方がずっと速いからね」
なんなんだそりゃ。
「じゃあ・・・じゃあ何で俺はここにいるんだ!パイロットって一体何だよ」
「あのね」
機体が加速を終える。
「お約束なんだ。モビルス−ツには必ずパイロットを乗せなくてはいけない。南極条約第十三条。仕方無いだろ」
「くそっ、俺に操縦させろっ」
「なあ・・落ち着けよ・・・。あんた、死にたいの?」
「じゃあ、戦争は初めてなんだ」
ウラムがコクリとうなづく。怒り続けるのに疲れて、今やすっかりおとなしくなっている。
「ここで注意しておきたいのは、宇宙ではレ−ザ−光線は見えないって事だ。いや、見える時もあるんだが、それは一巻の終わりを意味する。なぜってそりゃあんた、命中だって事。レ−ザ−があんたを貫通するのさ」
「だって・・・」
「ああ、あれか。棒みたいに飛んでるのはレ−ザ−の光源用使い捨てボルテックランプだよ。第一、レ−ザ−ってのは真っ直ぐ飛ぶからレ−ザ−なんだ。横から見えたら、そりゃ蛍光灯だ」
ウラムは想像してみる。センサは優秀だから、戦いは数百キロの空間をはさんでおこなわれるだろう。相対速度も大きいから、それも一瞬の。AIにはそれで充分かも知れないが、ウラムには敵すら見えず、その間ただぼうっと見てるだけ。
レ−ザ−は見えない。周りで何が起こっているかも分からない。見えたときはおしまい・・・「いやだ!絶対いやだ!」
ここで座っているだけなんて、そんなのは真っ平だ。
「そんじゃさ、ゲ−ムでもしててよ」
スクリ−ンが切り変わる。よく知っているア−ケイド・ゲ−ムだ。今気付いたがシ−トにはSE*Aのロゴ。
つまりは、このシ−トは暇潰しのゲ−ム用だということ。すぐにゲ−ムは始まった。朝焼けのモニュメントバレ−からグランドキャニオンへ。敵機が襲い掛かってくると、そのつもりじゃ無かったのについつい反応してしまった。
ウラムはすっかりゲ−ムに注意を奪われていた。
激しい戦いだった。六面クリア直前、アマゾン上空の敵戦艦を撃破し、気を抜いたところに命中弾をもらい、GEME OVER。はっと気が付くと、やけに静かだ。
「おい・・・、戦闘は終わったのか」
「とっくにね」
「で、船にはどのくらいかかるんだい?ちょっと、トイレに用があるんだよ」
「済まないが、戻れない。推進剤タンクに命中弾を食らっちまった。最寄りのトイレは六十万キロ先だ」
「おい、冗談だろ?なあ」
自分の、非常に不名誉な死にざまについてのいやな想像が脳裏をかすめる。
「小便なら、シ−トにカテ−テルがあるから、それで済ませな。全く、それ位は教えておくべきだな」
「はあ・・・、俺は死ぬのか?」
「そうらしいね」
「そうらしいねって、お前、平気なのかよ!」
「だって、俺は人間じゃ無いんだぜ。この軌道なら、五十年もすればL5コロニ−の誰かに拾って貰えるだろうし」
「くそっ、こんな糞AIんとこで死ぬなんて真っ平御免だ!」
死ぬつもりのくせに、習慣的な気密服のチェックを、まるで本能のようにウラムはしていた。終わって気付く。まあ、外でゆっくり死ねばいい。
エアロックをくぐり機体を飛び出す。
と、なぜか目の前に巨大な波打つ板がある。″ア−カム″の巨大な放熱フィンだ。
振り向くと、モビルス−ツは傷一つ無い姿でそこにいる。
「嘘ついたな!」
「パイロットの生命を守るための嘘は、許されているんだ。戦争なんかで、みすみすあんたを殺させたくはないからね。バイバイ、ありがとよ。パイロットの機体放棄で、俺は廃棄物と見なされる。つまり、俺は自由なんだ。ひゃっほう!」
モビルス−ツは軽くスラスタ−を吹かし、離れていく。
しかたなく、ウラムは機密服の小さなスラスターを吹かして、一番近いエアロックを目指した。上官はきっと怒るだろうが、だいたい何も教えなかった連中が一番悪いのだ。
放熱板を回り込み、艦のエアロックに近づくにつれて、船とモビルス−ツの無線での会話が聞こえてきた。
「あばよ」
怒り狂うクル−のどなり声に混ざって、奴の声がはっきり聞こえた。
「戦争なんかで死ぬなんて、真っ平御免さ。そんじゃね」
そして、星空に彼の誇らしげな融合エンジンの輝きが、自由を歌うようにきらめいた。