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「ひかる君Turbo++、高校デビュー!」

hikaru's highshool life

僕は生まれ変わった。40万円かけて。

これまでの僕とはひと味違う。僕はパワーアップしたのだ。義務教育のつらい日々よさらば。いじめられつづけた暗い日々の記憶よさらば。

まっさらの僕の、その新しい人生の第一歩をふみだす。胸を張り、空を見上げる。

桜の花も咲いている。今日は、僕の第二の誕生日だ。

今日は入学式だ。


決意したのは随分昔のことになる。それは中学校の入学式から4日目の朝だった。三年間もぐずぐずしていた訳だ。とはいえ昔はお金が無かったし、高校生活にはそれなりの夢も持っていた。

本当のところで心を決めたのは、公立高校の受験があったその帰りに、絶望の中、電車の中でだ。

まんがもゲーム機もCD−ROMも、ぜーんぶ売り払った。こつこつ貯めてきたお小遣いとお年玉を足してどうにか足りた。入院したら次の日手術で、2日間の安静期間はクリニックの2段式ベッドでひたすらぼーっとしていた。親には、一人で旅行にいったことになっている。医療保証番号は、いとこの安太郎にいさんから借りた。安太郎にいさんには包茎手術だと思わせておいた。

神経増強手術が、あんなにあっけないものとは知らなかった。なにか損した気分だ。


私立大和台高校の制服は紺のブレザーで、アウトポケットにフラップのついた、安物金ボタンの恥ずかしい代物だった。ワンタッチで付く、これまた恥ずかしいネクタイもどきが首から下がっている。学校指定の黒の革靴は空を映してピカピカだ。

入学式は問題なく終わり、校庭の貼り紙にあった自分の教室に入る。

ひかるの髪型は、通信販売のビデオ、「ヤツらになめられない必勝法」のなかのカタログナンバー2番だ。短く切って、ウルトラハードムースでつんつんとがらせている。

ざっと見渡した中に、はっきりとカタログナンバーの1番、4番、11番が見えた。のっぽ、でぶ、ちび。そして僕もちび。

まるで頭の上に旗でも立てているかのように目立っている。そしてその旗にはきっとこう書かれているのだ。

「カモ」と。


最初の兆しは2日後にきた。やる側とやられる側は、もはやはっきりしていた。それはもはや時間の問題だった。

「なあ、よかったら100円貸してくれんか」

2限めの終わってすぐ、言葉遣いは丁寧だが、その言葉の調子と表情は、貸したらもう返ってこない、そんな感じだ。名前はこのあとすぐ覚えることになるのだが、栄治といって、ほかの3人ともうツルんでいた。

「いやです」

「100円くらい、いいだろー、なぁー」

僕はあとはもう無視することにした。

「なんやこのケチ、金はどっさり持っているくせに、ケツの穴ちぃーせぇー」

「おいもう行くぜ」と呼ぶ声で栄治は去っていった。きっと連中は僕のことを話題にするのだろう、生意気なやつだって。

小柄でカタログナンバー11番の髪型をした、よういち君のすぐ後ろが栄治の席だった。元はよういち君のほうが後ろだった。むりやり、いつのまえか代えさせられたのだ。

ひと教室に生徒が四十八人もいて、教室はぎゅう詰めだったが、栄治は足を伸ばして鼻歌をうたっている。しわよせがきたのはよういち君だ。机と、栄治の足が押す椅子とのあいだで表情が苦しそうだ。

体育の授業中、教室に置いていた財布から千円盗まれた。よういち君も、肥満体形の小林君も被害にあっていた。先生に訴えたが、

「貴重品は先生に預けろと言ったじゃないか」

まるでこっちが悪いかのような言い方だ。

いいかげん頭にきた。僕は変わったのだ。今までのように我慢していることはない。でも、”我慢しない”ことが今ではかなり難しい。やっぱり恐い。恐ろしく不安になる。

痛みを恐れているわけじゃない。ただ、頭にちらつくのだ。中学のリノリウム張りの廊下、割れた窓を抜けて夜のうちに吹き込んだ雨で足を滑らせる。なぜか泥の味。顔の上に奴らの屋内靴が乗り、鼻血が吹き出すのを感じた。

いつも連中のみぞおちに拳を叩き込んだり、まわしげりで顎を砕くことを想像し、そういう機会を熱望していたはずなのに、頭のどこかはなぜか冷えていて、もっと待てと言っている。まるで格闘ゲームで気合いゲージをため込むように。

必殺技を決めてやる。


4限目は学生自治会の集会でつぶれた。体育館にみんな並んで体操座りしてはいるが、誰も話しなんて聞いちゃいない。

ぼくはのっぽの佐野君と、駅前のゲーセン”サブカルチャー”に新しく入った対戦型筐体の話しをしていた。彼は流行りの対戦ゲーム「パワードファイト」の、恐ろしくタイミングの厳しいハメ技の情報を教えてくれた。僕は、彼の言葉のなかに、密かに何かをほのめかしてるのを感じた。どうやったらそんな技が実行できるんだろう。

ボコッという音がした。背後で起こったその音はとても響いた。

みんながそっちを向いた。

栄治が腹のあたりを押さえてうずくまっていた。

ざわついた雰囲気が急速に広がるが、背後の、うずくまる姿の周りは奇妙に静まりかえっていた。

「一体何があったの?」

体育館から引き返す際に、よういち君に聞く。

「ごめん、あとで」


よういち君の席の背後には、今のところ栄治はいない。4人が集まる。佐野君、小林君、僕とよういち君。

よういち君は自分の首筋に手をまわした。そこにばんそうこうが見えた。ということは、なるほど。神経増強だ。

「栄治君が後ろから突っついてくるんだ。やめてって言ったんだけど、どんどん強くしてくるから、お腹に一発、そういうわけで」

「ねぇ、もしかしてアクセラレータ?デバイスドライバ?」

佐野君が後ろ髪をかきわけてばんそうこうを見せる。

「僕のはデバイスドライバ、新星神経電子のハンドパワーHHX」

僕も首のうしろを見せる。

「僕はアクセラレータ、シリウスのDDG−A」

「いーな、僕もはじめっから役に立ちそうなアプリ入れときゃよかった」

小林君が言う。

「なに?なん?どんな増強したわけ?」

「……拡張コネクタ……」

「えーっ、いーなぁ!!」

三人声がそろう。

「コネクタは何個?」

「4つ」

「いーなぁー、絶対いー」

「あとで絶対拡張したくなるよなー」

「ところで、よういち君のは?」

「パワーローダ」

なるほど。筋電反応強化アプリだ。

「ATPセーバーは?」

「付いてるよ」

「しっかし、なんでローダーなんて名前なんだろ?」

「パワーをセーブしないからじゃないかな」


アクセラレータは見掛け上、時間感覚を減速し、意識を加速するように感じられるが、実際には、大脳への余計な感覚入力をカットすることによって、情報処理効率を通常時の5割増しから2倍にする装置だ。

生体ニューロ入出力端子を持つチップは5ミリ角ほどの灰色で、生体親和性物質で覆われた中には、電子的な処理系が入っている。電子装置は生体ニューロの百倍速く動くから、脊髄神経索を流れる刺激信号をリアルタイムにフィルターできるのだ。

チップは様々な感覚、例えばかゆみや腹痛といったものもカットする。例えば今、本当ならこめかみのあたりにじんじんする痛みがあるはずだが、感じない。

相手の動きが遅くても、相手をちゃんと殴れるかはまた別の問題となる。どうもちゃんと殴れない。相手にダメージを与えている気がしない。僕の拳は、本当なら鈍痛で重く、握りこぶしをつくることすらできないはずだ。

連中は、運動部の部室が並ぶ狭い通りで僕達を待ち伏せしていた。

「ほら、そこのちっこいの、そう、おまえだ。ちょっとツラ貸せや」

よういち君を連れだすつもりらしいが、そうはいくか。という訳で、校舎の裏手、焼却炉とプールの金網のあいだのちょっとした広場で4対4、仕掛けたのは連中の方で、こめかみはその時だ。

しかし、ヘロヘロパンチを悠々とかわす、という具合にはどうもいかない。まだまだ、十分すぎるくらいスピードがあって、こっちの攻撃がうまく当たらない。ブンブン腕を振り回しているうち、偶然に拳が相手の指先にまっすぐ命中した。

相手の指が変な方向にねじ曲り、顔が苦痛に歪む。痛めた指をかばい、ひるむ。

チャンス。

バコバコにしてやった。相手の顔から勢いよく鼻血が吹き出す。倒れ、体を折り、苦痛にうめいている。そこで気がつけば、ゆういち君も小林君も、みんなとっくに相手をのしていて、シャツの破れたボタンや血のあと、顔に青く浮き出てきたあざを気にしていた。

そこでアクセラレータを切った。ものすごい痛みが一瞬襲ってきた。それをやりすごすと少し楽になったが、そこで気がついた。右手の甲が、多分相手の爪でだろうけど、貧血を起こしそうなくらいめくれていた。

「保健室に行こう」

「……うん」


結局、三年生の頭をのしてしまうまで一ヶ月以上かかってしまった。

こうして、僕達は生まれ変わった。もうだれからも、後ろからシャーペンの先で突っつかれたり、ジュース代をせびられたり、プロレス技を掛けられたりしない。

その上、僕達に逆らう連中はもうこの学校にはいない。やりたい放題の威力を、僕達は感じ始めたばかりだ。

しかし、どこか、なんとなくつまらないのだ。気に入らない奴にケリを入れても、弱っちい連中をいじめても、昔の、いじめられていた頃の気分とあまり大差無いのだ。最近、あまり学校に行きたくない気分がして、よく授業をフケるけど、結局、やっている事は昔の登校拒否と変わらないのだ。

もしかすると、ほかの連中も、僕達をいじめていた連中も、こんな風に感じているのだろうか。

いや、きっと気のせいだろう。40万円かけたんだ。昔と一緒じゃ困る。ほかの学校に喧嘩でも売れば変わってくるかもしれない。

こんな気分を吹き飛ばしてくれるのなら、何だっていい。

今、僕はとてもつまらない気分だ。

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