異動・転居(06/1〜) |
来京した椙山泰生氏を囲む会。聖バレンタインデ− にも拘わらず10名超が集い旧交を温めた。軽部拓 氏(TO87)は若々しく、足立正道氏(KO87)は盛んに 突っ込みを入れ、椙山氏は幾分ふくよかとなったが 各様に学生時代と変わらぬ旺盛振りを発揮した。 なお会には三浦章豪氏が1988年EURO-JAPAN Study Tourの秘蔵写真をデジタル化し持参、大いに話題 を集めた(下右写真はその1枚)。 |
海岸を間近に臨む松尾智晶氏(DO88)を訪問した 上に松尾氏の手料理を味わうという有り難い 会合が実現。 中村亜矢子氏(DO88)に平本氏(KT88)[=下左写真]、 茅ヶ崎は御近所さんの太田康広氏(KO88)、 更には高橋洋氏(TO88)、粥川の顔触れの他 現役慶応大学生諸氏も多数到来された。 |
一回り以上離れた学生諸氏を前に「若きことは 良きこと哉」と安易な感想を述べると中村氏が 「誰にも若い頃はあったのだから」と諭したの が印象に残った。なお下写真右は桑田佳祐氏 も吃驚の烏帽子岩を臨むの図。 |
6/30 乾喜一郎氏の12年振りの 帝都復帰を祝う会 福岡、名古屋を経て12年振りに帝都 復帰した乾氏を囲む会。時宜良く 椙山泰生氏の来京とも重なり、時節 柄子育て談義に始まった。 リクルート学びカンパニーメディア プロデュース部にて編集長業に従事 する。 |
[文=高橋洋] 昨年10月以来の一日囲卓の会は、常宿である 新川崎の小林大祐・裕子夫妻邸にて開催。前回は河田浩氏邸 にて倒れた高橋を始め、健康不調の面々による会であったが 今回は長女を擁する小林夫妻に、久々の平田父、相変わらず 携帯電話を所有しない遅刻魔小坂妻、そして独身高橋という 面子が集められ、更に当日飛び入りで、粥川父も長男を連れ 参入したのであった。 しかしながら第一局からその粥川父は長男祐旭の対応に難渋 する。同じ「羊の会」の小林碧氏が「遊ぼ」と誘惑を続けるものの | ||
祐旭は父から離れない。競技中の粥川父は父振りを発揮するも集中力を欠いたか、マイナスの三位 でランチも食べず退散した。その父親ぶりに感心したのか、ランチ制作に気を奪われたか、奥飛騨 では総合優勝の高橋は更に冴えず、三半荘中全て三位以下と散々で、ダントツの最下位に沈んだ。 |
一方、絶好調だったのは小林家である。これまでは「ホストは勝つ」 というジンクスに反し、ホームゲームでも見事な負けっぷりを披露し 続けてきたが、今回は第一戦で大祐氏、第二戦でひろりん氏がトップ を獲得し、大祐氏が総合優勝、夫妻ともにプラスという、初の快挙を 成し遂げた。河田浩氏が乳飲み子に忙殺され、前川賢司氏は都落ち した今、初代鴨の復活が期待された今回だったが、予想を見事に 裏切る結果で幕を閉じたのであった。 総合第二位は、3年振りに本会復帰を果たした平田泰隆常任理事が | ||
第三戦トップで滑り込み、時節柄「利殖行為ではないか」との批判も交わして"巨額でない儲け"で まとめた。小坂史子氏も天敵小松雅和氏が不在のためか、大ファンのW杯サッカー・独逸国が 好調のためか、浮きで終えた。 子育てに従事する会員が増える中、やはり第二世代・小鴨卓の早急な立ち上げが望まれよう。 |
[談・写真=秋田明子氏] 転職多忙のため平島俊彦氏がやむなく退任、 一人立ちとなった川崎治子氏を"永年"事務局の 関千春氏、秋田明子氏が補任し銀座方面にて 開催。計33名(小児含む)が集結した。 詳細は恵比寿倶HPご参照。 |
9月に夫君転任とともにドバイへ旅立つ松原直美氏(AG87)/久々到来井上渚氏(ICU89) 司会で緊張の川崎氏 |
6月に続き、新川崎は小林大祐・裕子夫妻邸 にて開催。計四半荘にてホストの小林家を除く 四競技者が一度ずつ勝利の栄に浴する、比較的 平準化された戦いの中、珍しく初戦トップの 粥川が2局勝ち逃げで ヶ月 大会振りの優勝 を飾り、その粥川に飛ばされた平田泰隆氏が 参院選まで利上げの手足を縛られながら(?)の 最下位に終わった。 毎度の如く食卓の徒となった高橋洋氏が二位、 |
生後丁度七ヶ月を迎えた長女・沙羅氏とともに一家来訪の河田浩氏、 保育士状態の裕子夫人共々トップも大崩れもなかった小林家は揃って 微沈に留まった。
茂樹氏より河田氏に託された中国製 牌を使用して行われたが、非漢字 文化圏に配慮してアルファベットが 付される一方で、通常の牌に比して 非常に厚みがない替わりに表面積が 大きく倒れ易い、或いは点数配分が 異なるため点棒不足、更には点棒を 入れるべく活用される中箱が存在 せず紙コップを代用せざるを得ない 等、文化の相違を発見させられた。 |
芝村理事からの贈り物 |
海外来賓交え総勢16名と 全般に会合回数が減少した 分、単回の集積頻度が向上 しつつあると言えよう。 気付けば大学入学から 既に18年余を経過し、互い に知り合ってからの人生の 方がそれ以前より長くなり つつあることに驚愕を禁じ 得なかった。 |