蕎麦と下克上
(04/9)
今平成十六年「囲卓の会秋の陣」の戦況に触れる
 前に、温泉麻雀の歴史を振り返ってみたい。
 温泉麻雀とは、一日昼間制を採っていた囲卓の
 会競技が温泉一泊二日体制に発展昇華したもの
 であり、02/4より都合7回が行われている。

左図はこれ迄の温泉麻雀の参加数(黄)、優勝・
 最下位得点の推移を示したものである。一見し
 判るのは参加者数の大きな増減だろう。正負の
 分岐点は8名を示し、これは温泉麻雀の特徴で
 ある2卓制を可能とする最低競技者数である。
 即ち、当初6名でスタートし、02/9より2卓に
 突入。以降は競技者の配偶者参加が増えたため新たに「初心者優遇制」を設け、麻雀に精通
 していない者にも参加の門戸を開くこととした。ところが03/9には8名丁度に減少。会の
 前途が憂えられた際、救世主となったのがこの認定初心者制度であった。会則第十七条に
 よれば、初心者と認定された者は負得点の軽減、助言聴取を可とするなどの優遇の基に
 競技に参加することを通じ、正規競技者に昇格することを目途とする育成に主眼がある。
 認定初心者3名を含む15名3卓を実現させた04/1はその嚆矢であり、本会の維持発展に
 類希なる勢力を注ぐ高橋洋理事長の功大なるところであった。しかしながら前回は再び8
 名に陥落、今大会を迎えるに至った。

迎えた通算第30回会場は中日時代の落合博満選手
 (現監督)が自主トレ始動の地に選んだことで一躍
 名を馳せた南信州は昼神温泉、桂月にて。中央
 自動車道上の高速バス停沿いに位置することから
 温泉麻雀初のバスの旅となったばかりか、同地は
 既に中部圏に程近く、名古屋方面からの参加者
 確保に配慮した、高橋理事長の深慮遠謀策と言え
 よう。このため東京組は7時発、行路4時間余の
 大道程となった。

特筆すべきは、直前にキャンセルが相次ぎ正規
 競技者が過去最小タイの6名迄減少する中、前述
 の「初心者競技者」が本会存亡の危機を救ったことだろう。
 既に2回の参加経験のある花岡道世氏(NZ88)に加えて、会社
 会社では和里田義博氏のお隣という梶原(旧姓長谷川)真紀氏
 (KG90)、更に夕食からは関千春氏(JO88)の2名の新規会員を
 迎え、正規卓一卓に教育卓一卓との構成で辛くも複数卓制を
 維持。夜半には花岡氏が初心者優遇制度のもと正規卓に参戦
 し、残る正規競技者三名はサンマと非連動ながら競技二卓も
 継承された。

開始時は何時も爽やか

理事長主催の艶やか教育卓

初日最終卓。既に奥には寝息漂う。
とくに花岡氏は流石に初心者
 三氏の中にあって一日の長を
 見せ、総合成績こそマイナス
 としたが、引っ掛けの立直純
 チャンを上がるなど天性とも
 言うべき引きの強さを、遺憾
 なく発揮。

また牌に触るのもも「初めて」
 (梶原氏)、「ほぼ高校以来」(関氏)という両氏も、今後の会勢拡大に期待を残した意義は
 大きかったと言えよう。来るべき囲卓の会二世の部設立も視野に、再発展を望みたい。
一同は昨今流行の水道水煮沸
 ニ非ズ、粘着質の温泉に幾度
 とばく体を預けた後に豪奢な
 夕食を満喫。翌日は体験蕎麦
 作りに挑み、4班に分かれて
 蕎麦粉を練り、叩きほぐし、
 団子状態なってから広げて、
 包丁を入れると俄か蕎麦職人
 気分に。完成後は互いに各班
 製作の愛しき蕎麦を賞味、
 太さと味の相関関係など俄か蕎麦評論家気分も味わい、昼神の地を後にした。
なお競技は高橋理事長が快走、手塩に掛けて育成した新"鴨"
 候補の花岡氏から満貫連発の容赦無きかっ剥ぎも功を奏し
 十大会振りのV。深夜のサンマで荒稼ぎした矢野酉太郎氏が
 順当2位も競技者7名中浮きはこの両者のみ。

一方で激戦が繰り広げられたのは最下位争いで、2日目最終
 にはこの4者が勢揃い(右写真)。前川賢司氏が気合い過剰の
 "泣きリーチ"も出上がりと抜け出し、続く林義隆氏もラス
 上がりで脱出。ノーテン・リーチかつ誤ロンの大失態を
 晒した芝村茂樹氏が、「勝ち過ぎ」批判を隠蔽する偽装工作ではないかとの疑惑の声も
 上がる程の不調、第6位で前例に倣い常任理事職の進退伺いを提出。更に出入りの
 激しい麻雀で得意の深夜枠も不発に終わった粥川が丁度▲百の最下位で、遂に常任
 理事会議長職の辞職願提出と揃ってダウン。芝村氏のマイナスは02/9の上山田温泉
 以来2年振り。粥川の最下位は実に95/5の第二回大会以来となった。大会後の本会
 常任理事会にて粥川は正式に辞任し、後任には高橋理事長の兼務が濃厚とされる一方
 で、今後は花岡氏の正規競技者への昇格も有望視されている。

付言するならば冒頭の表に戻るが、優勝得点こそ上下しているものの、今次粥川が百
 に留まった如く、最下位は徐々に数字が小さくなり、少なからず競技者間の力量が
 均衡してきた様が伺え、次回1月大会に向け、一層の新規参入が望まれることが数字
 の上からも明らかなったと言えよう。
芋のある風景
(04/6)
粥川善洋、上田谷真一氏らによるYMOコピーバンドが
 遂にその全容を顕わにしたのは04/5/29のことである。
 その事実上の公開リハーサルと位置付けた第一回公演の
 模様は別掲に譲るとして、両名に取ってYMOのコピー
 はkb2台の小規模編成に終わった94/3、改めて椙山
 泰生氏(Ds)と組んだ98/6粥川成婚二次会、更には01/3
 上田谷御成婚会に次ぐものとなるが、今回の大いなる
 特徴はその編成に起因している。

椙山氏が京都へ去り、もう二度と往時の「ニセYMO」
 再興はあるまいと思われた01/11、粥川が仕事で知り合ったM氏とひょんなことから共に
 YMOフリークであると判明、当然に上田谷氏に声を掛け、更に氏がこれも仕事柄旧知の
 Y氏を引っ張ってきて4名にて02/5スタジオに入った。最大の懸案はドラマー探索だった
 が、M氏が主催者の人徳によりYMO関連にて最も賑わっていた今は亡き「YMO ON LINE」
 HPにて呼び掛けるとHa氏が呼応、昨年10月には粥川夫人の高校の同級生、Hi氏も参加
 し総勢6名の大所帯が誕生したのである。

嘗てはドラムとkb二人編成なので手が足りず、打込みの上に主だった音を加える、本家
 YMOも初期から楽曲の過半で採用していた方式だった。これに対し今般はギターを加え、
 かつkb4人、シンベに1本割いても腕7本の豪華版である。技量に秀でる、音色コピー
 を極める、或いはエンターテインメントに徹するYMOコピーバンドは数多あれど、人力
 でシークエンス含め可能な限り再現するというのは、人海戦術が可能となった今編成こそ
 相応しかろう。こうして「手弾き」のメイン・コンセプトが誕生した。
コピーバンドには様々な制約、乃至は難点が存在する。その
 最大の要因は聴衆の確保だろう。6人が多様な結び付きを
 要するため、分担すれば頭数を得ることは容易だが、一方で
 それ等人々が一様にYMOフリークであるとは思い難いし、
 御成婚二次会が如く主賓が居れば何を演っても許される、
 という好条件も期待出来ない。必然的に"一般受け"に配慮
 した曲目にならざるを得ないが、それがフリークたる各人
 が演奏したい楽曲と同一である保証は極めて薄い。言わば
 「君に胸キュン」を演奏して果たして楽しいかという問題で
 ある(このケースは聞く方も楽しいか微妙だが)。

練習は高円寺アフタービートにて
では観衆もYMOフリークばかりとの環境を整備すれば良いのでは、という発想は必然で
 現にYMOコピーバンドばかりを集めて大公演を実現させていた豪傑も存在し、結成より
 2年の長き春の間に智恵を拝借すべく接触を試みたが、残念ながら氏もまた氏の周辺に
 集っていた幾多のコピーバンドも、現在も活動を続けている御仁は希少との由。我々は
 「遅れて来た大型新人」(?)だったのだ。

それでも犀は投げられた。5/29公演直前にバンド名も目出度く「中国男 l'homme chinois
 (ロム・シノワ)」と定まり、本年内には初の大規模公演も予定されている。新曲の練習を
 始め、対バンありか単独か等公演の内容、更には公開リハを経て音色、演奏内容の微調整
 も必須であることが明らかにされた。課題は山積だがパーマネント・バンドとして今後も
 活動を行っていく予定なので、暖かく見守って戴くとともに、次回公演に是非足を運んで
 戴ければ幸いである。宜しくお願いしたい。