津島通信

JANUARY 2004
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◆CONTENTS◆

【広告】
【きむたく日記】

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広 告(刊行より1年間)

¶ 『敍説』U―07,「特集◆距離感」,花書院,2003.1.6,本体1,800円(税込)

 木村も書いています.

¶ 綾目広治 『倫理的で政治的な批評へ』皓星社,2004.1.30,本体2,800円+税

 のっけから福田和也批判で始まる痛快で刺激的な著書.批評理論系の方は,看過できない綾目先生の新著です.

¶ 米村みゆき編『ジブリの森へ 高畑勲・宮崎駿を読む』森話社,2003.12.15,本体2,200円+税

 映像テクストであるジブリ作品をどう「読み」「研究」の射程の中に位置づけなおすのか,文学研究者たちの果敢な取り組みです.

¶ 『現代文学史研究』第1集,現代文学史研究所,2003.12.1.
 大久保典夫「純文学の死」,大井田義彰「越境する中年女―松本清張『けものみち』論―」他.

¶ 千年紀文学の会編『過去への責任と文学』,皓星社,2003.8.15.本体2,800円(税別)
 綾目広治「現代思想と文学―九・一一の以後の文学と思想」他

¶ 『敍説』U―06,「特集◆性交」,花書院,2003.8.12,本体1,800円(税込)

¶ 原爆文学研究会編『原爆文学研究』2,花書院,2003.8.1,本体1,200円(税込)

目次

¶ 鳥井正晴氏『明暗評釈』第1巻(第1章〜第44章),和泉書院,2003.3.30.本体5,500円(税別)

¶ 岡山市・岡山市文学賞運営委員会編『おかやま しみんのどうわ2003』吉備人(きびと)出版,2003.2.8,定価1,000円

 


「演劇鑑賞サークル」のご案内 (岡山限定)  

   以下の要領で,演劇を鑑賞する仲間を募集します.役者が目の前で演じている舞
   台を見ると,TVや映画とは違う迫力と魅力に圧倒されます.募集の期限はあり
  ませんので,是非入会をご検討ください.

                  記

  ・入会の条件
   @教官・事務官・学生・院生・OB,OGなど,一切不問.
   A最低半年以上,サークル会員でいられる人.
 
  ・ 申し込み先:木村 功  〒700-8530 岡山市津島中3丁目1−1 岡山大学教育学部内
     (入会先:岡山市民劇場  岡山市磨屋町4-21 金谷ビル2F,086-224-7121,FAX086-224-7125)

    ・費用
   @入会金:1,500円
   A月会費:
        一般会員;2,300円
        学生会員;1,800円,
    
  ・演劇上演の時,入場料は要りません
  年間平均6〜8本の演劇が鑑賞できます.普通演劇鑑賞は,5,000円以上/1回
 かかりますので,演劇が好きな人にはかなりお得といえるでしょう.また,席が
 余れば期間中複数回の観劇も可能です.
 
  ・個人単位だと,事務局から割り当てられる座席の位置が悪くなるので,「サー
  クル」という単位(3人以上)を作って座席の割り当てを貰った方が,費用対効
  果があがるのです.

  ・詳細は,木村まで.

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 2004年 4月例会「喜劇キュリー夫人」(4月1日〜3日,岡山市民会館)


「きむたく日記」

1月31日土曜日晴
     卒論提出2日前になり,今日最後の卒論指導をして,ゼミ生に引導を渡し終えた.あとは期日通りに「成仏」してくれることを祈るばかりである.
     どうかどうか,「地縛霊」になって(腰に)祟るのだけはやめて欲しい.
     僕の場合,なまじインターネットを使うばかりに,勤務時間外でも家にいて草稿を読んでコメントを書いて返信する指導をするハメになり勝ちである.学生も,期日が迫ってくるとさすがに遠慮もない.気持ちが分かるので,断れない.独法化すれば,追加料金を請求することも可能なのだろうか,と考えたりする.
     さあ,一週間の唯一の楽しみ「愛エプ」を見て寝よう.先週の竹内アナの表情は絶品だったのだが,今日は「悩殺娘の絶望パスタ」か.悩殺……,確かに僕も良い意味ではない「悩殺」月間だった.悪霊(たち)退散っ.
1月29日木曜日晴
     昨夜は,卒論指導も一山越えて少し余裕が出来たので,一人の夕食を終えた後(奥さまは夜勤),ゼミ生が貸してくれたつかこうへい原作の「幕末純情伝」の録画ビデオを観た(2003年11月19日青山劇場で収録).
     筧利夫と広末涼子の主演作品で,「以前は牧瀬里穂がやっていたような〜」と思いながら,初めての「つか作品」を観る.沖田総司が女だったという設定で,土方(幕府側)と坂本龍馬(倒幕派)に求愛される.それを縦糸に,桂小五郎や勝海舟などが絡んで行く.アクション・ストーリー・セリフ(大体下品)のいずれも大変スピーディーで,特に坂本龍馬を演じた筧のセリフの量が多くスピードも速いので大変だったろうと思う.ビデオだから分かるのだが,広末涼子の表情は豊かで,これは劇場では分からないものであった(得した気分).しかし,ビデオだから舞台全体の動きと雰囲気がつかめないのも残念至極.
     一言でいえば面白かった.しかし,岩倉具視の描き方・演出はあれで良いのであろうか.ホモセクシュアルという設定なのだが,半裸に着物をはおっただけの岩倉に,赤フン姿の半裸の男たち8名が一緒に登場したときは,ビデオで観ていても,気持ちが1km程引いてしまった(男の裸はキライだし).類型的なホモセクシュアル像とそれに付随する笑い,この図式を意図的に用いて,笑うものを笑い,眉をひそめるもののリョーシキを笑っていることは分かる.問題は,対象となっているホモセクシュアルには,何のメリットもないことだ.彼等は,日本の演劇シーンにあっては,題材であって主人公になることはない.
     それにしても,沖田総司というのは,イマジネーションをかき立てる人物のようだ.大河の総司役はあの藤原竜也(ネコ顔)が演じている.しかし実際沖田が通っていた剣道場(佐藤道場)の子孫に伝わっている話では,「ヒラメ顔」だったとのこと.剣の腕は確かに凄かったようだ.
1月28日水曜日晴
     昼前に生協に出かけ,小川洋子の特集を組んでいる「ユリイカ」2月号を購入.堀江敏幸の小説も購入.昼食用にクラブハウスサンドと焼きチーズのロールケーキを買う.ウカツなことに,研究室のコーヒーが切れていた.
     昼休み中,演習の授業の受講学生の指導.
1月27日火曜日晴
     午後講義2つ.そのあと卒論指導.
     疲れて帰って,夕食後に奥さまとオセロゲーム(注)のソフト「Wzebra」で遊ぶ.2連敗した.奥さまは勝ち誇った表情で,先に入浴.
     3時まで掛かって,ネットでオセロの棋譜を集める.
    ---------
    (注)正確には,オセロは某会社の登録商標なので,「リバーシゲーム」と呼ばれている.
1月26日月曜日晴
     少し寒気の緩んだ一日.今日は,大学のゴミ回収日なので,ビニール袋に一杯に溜まったゴミを捨てに行く.
     今日も相変わらずのゼミ生2人の卒論指導.1人は体調不良を訴え,1人は眩暈がするという.ちなみに僕のゼミだから,こうなるというわけではない.それぞれの事情による症状であることをお断りしておく.
     そのうちの1人が「他の人は大分進んでいるのでしょうねぇ」と,しみじみ哀れ深い声音でいうので,気の毒になる.合間に2年生が来る.

     土曜日,日曜日に卒論の査読をしながら,気分転換に金原ひとみ「蛇にピアス」と綿矢りさ「蹴りたい背中」,小川洋子「博士の愛した数式」(新潮社)を読んだ.週末に廊下で会った数学教室のS方先生が,芥川賞を受賞した2作品を読んだ話をされたので,僕も頑張って読んだ次第である.
     個人的には,今回の芥川賞授賞は,妥当なものだったように思う.今までの「?」マークばかりが続く受賞作とは截然と異なっていた.
     金原作品は,グロテスクな内容だが,主人公の女の子の壊れていく暗い欲望を描いていて迫力があった.舌にピアスをしたり,刺青を入れたりすることで,自分の身体を改造し,他者に対する威圧的な自己を立ち上げて行くのであるが,それは裏を返せば,他者に抑圧されている弱さの表現なのかもしれない.事実主人公の女の子は,サディスティックな男性との従属的な関係においてMであることに自足していくし,彼氏をその男性に殺されたという確信を持っても,自分との関係においては,彼を信じようとすることでその志向を明確にしている.自分だけに快い関係を追及し,そこに自閉することで弱い個我を守ろうとする現代の若者の一つ姿が,そこに透視できるようだ.
     綿矢作品は,高校生の等身大を描いているようで,とても好感がもてた.文章もしっかりしてきて安定感が増した.題材で読ませた前作の「インストール」と違って,主人公やにな川というオタク少年がリアリティを感じさせる.きちんと主要人物が描けている点がすばらしいと思う.そして,この作品も主人公は独りであることに恐怖しながらも同時に他者を裁断するような冷たさを持ち,そういう分裂した自己を抱えて自閉していく傾向を留めることが出来ないし,にな川もオタクとして自分に籠もろうとする.絹子という友人のグループも,自分たちで結束することでクラスから孤立する自分を守ろうとしている(その割にクラスが,描かれていない.陸上部はきちんと書けている).
     二十前後の若い年代は,社会への帰属感が稀薄なだけではなく,帰属することもできない社会の中で,透明化する自分の存在の稀薄さにも怯えているようなのだ(サカキバラ世代だから,というのではない).ピアスをしたり刺青をしたり,他者から距離をおかれることで自分の存在にリンカクを見出そうとする.あるいは,自分の興味に集中することでオタクと化し,そうすることで自分のリンカクを発見する.にな川が収集したファンシーケースのグッズは,彼のリンカクなのだ.共感してもいないのにツルんで見せるのも,必死で自分のリンカクを維持しようとする自己保存の行為なのだろう.
     その点で,小川洋子の作品の登場人物である「博士」は,交通事故で脳に受けた器質的な損傷のために,記憶は1970年代でとまっており,現在の記憶は80分しか維持できないという人物である.言い換えれば,現在を生きるにしてもそれは80分間だけの現在(自分)なのである.勿論社会や人間は,そういう彼とは異なる動き方をする.出来事や経験は蓄積されており,その意味の集積に「博士」は参与することが出来ない.彼は,社会に同化できず,しかも主体である自分を80分しか維持できないことに苦悩する.人間として生きるのではなく,数式化してしまえば,その80分は意味がなくなり,人間としての最低の機能を維持するために家政婦が必要とされていた.そこへ現れたのが,「博士」の80分を人間化する主人公の家政婦だった.読者は,主人公とルートの視点を通して,ハンディがあっても,「博士」の苦悩・孤独・純粋なこどもと数式への愛そのものが,彼のリンカクであることを理解する.80分の自分を生きる「博士」は,数式の世界に生き,彼を理解する3人の登場人物と交流することで,読者に強いリンカクを感じさせる.印象に残った一節を引こう.

       「さあここに,直線を一本引いてごらん」
       いつだったか,夕方の食卓で博士が私に言った.広告に(私たちのノートはいつも新聞広告の裏だった),菜箸を定規代わりに,鉛筆で私は直線を書いた.
       「そうだ.それは直線だ.君は直線の定義を正しく理解している.しかし考えてみてごらん.君が書いた直線には始まりと終わりがあるね.だとすれば,二つの点を最短距離で結んだ.線分なのだ.本来の直線の定義には端がない.無限にどこまでものびてゆかなければならない,しかし一枚の紙には限りがあるし,君の体力にだって限界があるから,とりあえずの線分を,本物と了解し合っているに過ぎないんだ.更に,どんなに鋭利なナイフで入念に尖らせたとしても,鉛筆の芯には太さがある.よってここにある直線には幅が生じている.面積がある.つまり,現実の紙に直線を描くことは不可能なのだ」
       私は鉛筆の先をしみじみと眺めた.
       「真実の直線はどこにあるか.それはここにしかない」
       博士は自分の胸に手を当てた.虚数について教えてくれた時と同じだった.
       「物質にも自然現象にも感情にも左右されない,永遠の真実は,目に見えないのだ.数学はその姿を解明し,表現することができる.なにものもそれを邪魔できない」
     博士自身は,80分間しか自分を保持できないが,その言葉にも見て取れるように,数式を通して世界は明確に把握されており,それが博士のリンカクを形成している.
     芥川賞の先輩後輩の作品をならべてみて感じたのは,自己と他者と社会に関する濃度であった.先輩の紡ぎだした物語が内蔵する濃度は強いが,後輩のは稀薄である.それが,やはり現代の大きなテーマであり,問題なのだろう.
 

1月23日金曜日晴

     今日も寒い.「とても寒い」という標準語では,この実感を伝えられない.「ぶちくそ寒い」(山口県西部方言)というところだろうか.
     講義の合間に,4年ゼミ生Kの卒論指導と人生(?)相談.何をやってるのか…(やれやれ).
     廊下を歩いていると,ピンクと黒の縞模が移動する超常現象を目撃.どうやらそれは,黒い頭髪,ピンクのセーター,黒いスカート,ピンクのタイツ,黒いブーツで構成されているらしいのである.よくよく見ると,……それは国語教育の院生だった.
     今晩は,義理の弟けん君(奥さまの弟)がオーストラリアに行くので,壮行会である.

1月22日木曜日曇

     冷えるとは聞いていたが,午後になってからの冷え込みが尋常ではなく,研究室にやってきた学生が,「先生,雪が降ってますよ」と震えながらいうので,窓を開けたところは「雪国」だった.
     日本のエーゲ海牛窓を含む岡山県南部に暮らす人間にとって,「雪」という言葉はほとんど意味を知っているという「名詞」にしか過ぎない.そのような我々に,この「雪国」化は衝撃的だった.
     事務官の方によると,冷え込みの厳しさにガスストーブだけでなく空調も全館で作動したため,電気容量がオーバーする事態になったということだ.ガスストーブの他に空調を作動させたのは,僕の他にもいたらしい.
     高見盛は,現在3勝9敗.この成績は,タレントT.Sとの騒動の余波なのか.最近は,NHKニュースでも取り上げられなくなった(栃東も).

1月21日水曜日曇のち雪

     午後14:00から連合大学院の会議やら,教授会.16:00過ぎに終了.
     会議が始まったあたりで,強風とともに雪が舞い始めたのでビックリする.後ろの席のI先生が,「明日は最低がマイナス5度で,最高でも3度だそうだよ」と言われる.先生は,会議室の隙間風を避けて,席を移動される.どうやら明日は,キビシイ寒さに見舞われそうだ.
     年末に話題になっていたので気になって注文していた,小川洋子『博士の愛した数式』(新潮社)がようやく届く.積読書は,机上一メートルくらいになっている.早く卒論が終らないものか….情報のインプットが出来ない.

1月19日月曜日晴たり曇ったりで,時々少雨

     昨日は,ようやく高見盛が勝ててほっとした.ヒール横綱の朝青龍は,宿敵?旭鷲山をあっさり下して力の差を見せつけた.栃東にも,綱とりを目指して頑張って欲しいものだ.千代の富士の引退とともに,僕の相撲観戦は終ったのであるが,最近久々に大相撲が面白くなっているように思う.
     2名の卒論の指導を行う.明日の講義の準備(江國香織の「焼却炉」)をする.
     修論の締切が明日なので,院生部屋に様子を見に行くと,まさに「奮闘中」であった.「どうしてももう一度見て(指導して)貰いたいところがあります」と,食い下がる意地も出てきていて,相撲部屋の親方の気分を味わった,……といったら強烈な「張り手」を食らうかもしれない.
     卒論の方は,2週間近く余裕があるが,頂上まで近づいたものもいるし,まだ登山中もいる.連絡はつくが,ガスの中で姿が見えないのもいるのが少々心配.

1月16日金曜日晴

     卒論と修論の個人指導.メールが携帯を含めて数十通も飛び交う.中には,芥川賞の最年少受賞に関する話題も紛れ込む.コンビニに行くと,毎日や山陽新聞(地方紙)は,デカデカと一面記事扱いである.こうなったら僕は,先生をやめてから「最年長受賞」を目指します(笑).
     昨日と違って風の収まった構内には,制服姿の高校生たちがうろうろしていた.明日からセンター試験である.

1月15日木曜日晴

     2,3,4限と連続授業.3限は,中国人留学生の発表だったので,普段以上に緊張を強いられ疲弊.
     午後の講義の前に, 宮川健郎氏の「声の残り―小川未明と新美南吉」(『岩波講座 文学6 虚構の楽しみ』所収)を読んでいたら,文中に「木村功」というのが出てくる.「あれ?」と思って,よくよく見直してみると自分の論文が引用されていたのであった.次の瞬間「悪い汗」が一挙に吹き出して,午後の講義はその精神的動揺の中でおこなわれたのであった.
     忘れていた自分の悪行を思い出した気分である(それは僕じゃない!).落ち着かない午後を過ごした.
     宮川先生,使っていただいて,ありがとうございました.

1月13日火曜日曇

     強風が吹き荒れる一日.
     インターネットの配信ニュースで,英国のハンプトンコート宮殿で監視カメラが「幽霊」を捉えたとの話題があった.もう,こういう話は大好きなので,早速画像を拡大して閲覧したが,たしかに長い衣装らしいものが見えていたので,ホラーファンとしては文字通り「震え上がる」ほど嬉しかった.人間が恐怖を欲するのは,極限の感覚を味わうことで逆に生の充実感を味わうため,と説く人もいるようだが,僕の場合はただ凝り固まった日常的な感覚をブチ壊したいだけなのである.
     そして電子メールをチェックすると,ゼミ生が送信して来たらしい「卒論草稿」のタイトルが…….これも別の意味で,ホラーである.一体,この「ホラー」が何本立てであることやら.ああ再び,腰痛が….やはり日常的な感覚の方が身体にはありがたい.

1月9日金曜日晴

     修士論文の草稿を読んだのはいいが,鈍痛を発するストレス性の「腰痛」が発症した…….修士論文(草稿)と腰痛との因果関係は,今のところ不明である.

1月8日木曜日晴

     大学院生の修士論文の草稿を読む.自分のノルマ論文が終ったと思ったら,次はこれである(ヤレヤレ).4年ゼミ生の皆さん,来週火曜のアポの受付は終了しました.次の優先順位を持っているのは,H君です.頑張って下さい.
     友人の発行する「Y通信」で,年賀状の住所違いの話題が出ていた.何年たっても,前の住所に年賀状を送ってくるので,いい加減住所録を更新してくれ,と言う内容だ.僕も昨年4月に引越しをしたので,やはりこのケースが今年の年賀状には目立った.中には,転居通知を含めて何度も手紙のやりとりをしているのに(住所録の更新をしてくれ,という手紙もある),依然前の住所を書いてくる人がいる.前の住所の方が,短くて書きやすいのは確かだ.ひょっとしたらその人は,僕が岡山に来て2年に1回は引越しをするのに閉口しているのかもしれない.しかし,ウチの奥さまは「家,家」と言って,住宅減税がある来年までに,なんとか新居を購入したいのらしい(僕は,新車を買いたい).もし買った場合,僕はまた2年に1回の「法則」に従うことになる.そうすると,年賀状はさらに岡山市内を彷徨うことになるだろうか.
     とりあえず,友人同様転送をもう一年延長するため,「転送届」を出しておこう.

     インターネットから発注した古書『遠藤周作文学全集』全15巻が届いた.遠藤文学を専攻している院生が,以前から「買ってくれ〜」と言っていたのであるが,僕にも買う必要が出てきたのである.「私の・棄てた・女」という作品が,ハンセン病医療に従事した井深八重という実在の女性をモデルにしたことは知っていたのだが,他にも遠藤がハンセン病を扱った短編があることを,細川正義先生に教示され,それらを調査する必要が出てきたのである.それにしても,6万円で買えた.安くなったものだ.
     そういえば先日,とうとう「道草」の複製原稿を注文した.高額図書の購入に,業者さんは大喜びであったが,奥さまは渋い顔である.今年は,原点の漱石研究に復帰する年にしようと思っているのである.

1月7日水曜日晴

     生まれて初めて資源回収ごみの分別作業に参加した.早朝7:00のことである.白い息を吐きながら,隣室や階上の方たちと作業に勤しんだ.
     僕は,スチール缶とアルミニウム缶の分別を担当したのだが,続々と近所の住人たちがやって来て,分別用コンテナは一杯になっていく.缶だけで5箱にもなった.中には,横着なオバハ……もとい主婦の方がいらして,折角分別しているアルミニウム缶の箱の中にスチール缶を,バーンぶちまけていくのである.
     「ちょっとまたんか,オ○○ン!」
     と,言いたいのを我慢して,「すいませんが,こちらはアルミニウム缶の箱なんですよ」と営業スマイルでにこやかに話しかける.
     「あら,分別してるんですか」というので,「分別しとるんじゃい!」と言いたいのをこれまた我慢して,「あ,私の方でやりますので」とにこやかに応対するワタシであった.
     この経験で,岡山ではペットボトルのキャップは,燃えないゴミに分類し,ボトルだけを回収することを知った.勉強になった.それから,ビンの中身はちゃんと洗浄して分別に出しましょう.私の軍手は,ドロドロになりました.

     今日,ようやく越年論文を仕上げて,編集担当者に送信する(メールチェックして!).9月以来,1ヶ月に1本の合計4本の論文を書くという地獄のロードが,ようやく終った…….この他にも,10枚で良いといわれていたのに調子にのって25枚書いてしまったものがあり,これを入れると200枚弱の枚数を書いた事になる.よく書いたものだと,自分を誉めてあげたい.この影響(ストレス)は,体重計の目盛りの増加+2kgとなって表れている.
     ともあれ嬉しくて「日記」をつけていたら,卒業生のS原君が新年のご挨拶にと来室.「お年玉」に「武蔵伝説」というエクレアケーキのお土産を頂いた.ありがとうございます.目盛りの数値が,また上がるかも.

1月5日月曜日晴

     皆さん,新年明けましておめでとうございます.本年も「きむたく日記」を宜しくお願いします.
     今年は,国立大学の法人化が行われ,私が所属する教育学部も,「学部存立のために」教員採用数を重視する方向性を強く意識するようになると思います.法人化が,教育学部だけでなく,不採算部門で諸学問(その代表は文学部でしょうが)を整理するための合法的な鉈にならぬようしてもらいたいものですが,私の所属する大学は国民の皆さんの税金で運営されている大学です.社会のニーズも反映せざるを得ません.文学や教育は,目先の繁栄というものを生み出すものではありませんが,人間社会の意味(文化)を豊かにし,未来の社会をデザインするためのものです.どうか,法人化後にこれらの諸学問を廃止するような方向が採られることがないよう,皆さんのご理解を頂戴したいと思います.

     3日,奥さまがどうしてもというので,初詣に如意寺(京都府久美浜町)に連れて行ったところ(郷里の自宅から40分程度),僕が引いたおみくじは「大吉」.初めて大吉を引いたので,今年はツイているなぁと喜んでいたら,雨が降り出して,傘を持っていなかった我々は,見事に濡れ鼠になってしまった.でも,帰途虹を見ることが出来たので,これはこれでよかったかもしれない.それにしてもカニを食べに来た観光バスが多いのが,印象的だった.
     友人の中には,年末から風邪をひき高熱を出してダウンしたり,モー娘。の辻・加護の「卒業」に衝撃を受けたりしているのもいたが,非常におめでたい話もあったりして今年も忙しくなりそうな予感がする.
     今日は,7日締め切りの論文を作成しながら(結局越年論文になった,トホホ),合間に雑用をこなす.研究室の片付けをしたりするが,新年早々に整頓の下手な自分を再認識させられる.整理整頓,これは才能のようなものかもしれない….