津島通信

JANUARY 2000
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◆CONTENTS◆

【2000.1.17】

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【きむたく日記】

(暇な時に更新しております。)

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kimutaku@cc.okayama-u.ac.jp

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2000.1.17

     5年前の阪神淡路大震災の日。5:46に発生し6,400人余の人命を奪った震度7の強震は,僕が当時住んでいた京都のアパートでも,ベッドから背中を強く突き上げて僕を眠りから呼び覚まし,その後長い間不気味な揺れを続けていた。
     起きてみると,置き場所がないので机の横に1Mほど積み上げていた本が,雪崩をおこしたように床に散らばっていた。出勤前に7:00のNHKニュースを見た時,神戸を上空から映した映像には,建物から立ち上る黒い煙を不気味に映し出していた。それはあの煙の下にある炎が,これから人々の命と生活を焼き尽くしていく前触れに他ならなかった。
     勤務先の高校から,芦屋の知り合いの先生に電話をかけるが不通で,3日後にようやく通じた。無事だと聞いて,一先ず安心する。翌日学校の休みを利用して,食料・生活用品を購入し,芦屋へ震災見舞いに行くことにする。
     京都から西宮へ向う電車の中に明るい声はなく,沈黙が領していた。窓外に広がる冬の灰色の空の色は忘れられない。西宮から芦屋へ入るには,徒歩で片道2時間以上かかる。その間に目撃した光景は,僕の記憶の中で暗い断片として存在している。脱線してくの字になったJRの車両。無事だった飲料の自動販売機の前で,見事に横倒しになって残骸をさらしているマンション。屋根だけを見せてぺしゃんこに倒壊した家屋。傾いて隣家に寄りかかった家や,土台からずれた家。壁が崩れ落ちて,部屋の中の家財道具が露出した家。土塀も何もかも崩れ落ちて屋根瓦の散乱した寺院,横向きに倒れた灯篭や折れた墓石。白いマスクをして無言で片付け作業をする住人達。薄汚れたバスローブの前をかきあわせながら,僕の前を横切る頭髪を乱した中年女性。建物を覆う青いビニールシート。僕を見て涙ぐむ奥さん。「この家の娘さんは,倒れて来た箪笥に顔面を直撃されて死んだよ。ウチは本当に運が良かった」。罅の入った高架橋の支柱。給水車からのアナウンス。糞便のあふれた公衆トイレ。街に瀰漫する排泄物の悪臭。空っぽのコンビニ。白く舞い上がっている土埃。音の消えた街。夕暮れが迫っても,明かりのともらない暗い街。しかし建物の影だけは黒々として,廃墟の存在感を強めて迫ってくる。
     芦屋から戻って阪急電車四条河原町駅の地下鉄出入り口から地上に出たとき,京都では街に光が横溢し,目の前を行く女の子達はバーゲンの紙袋をいくつも抱えて談笑していた。そして,僕にも帰る家があったのだ。
     僕が見せつけられたもの。それは人間の力や想像力を遥かに超えた絶対的なものの存在と,人間の脆弱さだった。誰もが堅牢なものと思い込んでいて,消滅の可能性を疑いもしない人間社会などというものが,実は大地の一揺れで瞬時に粉砕されてしまうような脆いものなのだという認識は,あの廃墟の光景と共に僕の中で暗く輝き続ける。
      ……そして,震災はまだ終わっていない。

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 ¶ 真杉秀樹氏『反世界の夢 日本幻想文学論』1999.12.10,沖積舎,3500円

     T部は,夏目漱石「夢十夜」,泉鏡花・谷崎潤一郎・横光利一・梶井基次郎・中島敦・山川方夫の論考,U部は中井英夫論,V部は平野啓一郎「日蝕」評などがあります。

 ¶ 西田谷洋氏『語り 寓意 イデオロギー』2000.2,翰林書房より刊行予定

   どこかで,見たことのあるようなタイトルですね(笑)

 ¶ 玉井敬之監修『漱石から漱石へ』2000.4,翰林書房より刊行予定

    木村も,書いています(2年前)。これも,「フーコーからフーコーへ」というのがありましたが……。


「きむたく日記」

1月31日月曜日晴

     今日は卒論の提出日である。結構慌しいのかと思ったが,そんなこともなくて雑用に専念できた。学内研究会の紀要の編集業務やレポートの質問にきた学生の指導をする。
     副査をつとめる修士論文の再読。読み進めていくうちに,70年代のTVドラマの名作「子連れ狼」の主題歌を歌う橋幸夫の声がしきりと脳裡に蘇る。
     ♪涙隠して人を斬るぅ

     まさに拝一刀の心境である(今の学生には分からんだろうなぁ)。大五郎役をやっていたNさん(元新潟市市議)は,「我ら父子,ともに冥府魔道に落ちるべし」の台詞を先月見事に体現してしまったが,我らが院生の「冥府魔道に落ちる」日は来月16日,まだ間があります。
     17:00過ぎに教務学生係に行き,教室の学生で卒論の提出漏れがないかチェックをする。リストのチェックは完全でしょうね,と聞くと,事務官T氏が「そりゃあもう絶対ですよ」と半ば憤慨するように言われた。で,安心してチェックを進めていたら,国語教室で4名の名前がリストでチェックされていなかった。しかも……
     「あぁ,ゼミ生の名前がない!!」(半分悲鳴)
     若手のNさん曰く,「チェック漏れです。スイマセン」
     「いやぁ,忙しいもんでねぇ」(T氏)→ゼッタイってゆうたヤンケ!

1月27日木曜日晴

     凍てついた朝,T限のゼミに出かけるために車のところに行くと,車が白く凍っていた。ドアを開錠してあけようとすると,凍り付いて開かないのに「感動」する。ケトルに湯を入れて,車体に掛けていくと面白いように氷が溶けていった。車に乗りはじめて4年目だが,初めての体験であった。NHKのニュースでは,郷里の積雪が47センチといっており,全国的に今日は大変な朝になりそうだった。通勤途上,小学生(女子)が,車の窓にはった氷の上に,毛糸の手袋の指で落書きをしているのを見る。
     講義と提出期限4日前の卒論指導をこなす。生協ブックセンターで,江下雅之『ネットワーク社会の深層構造』(中公新書)を購入。M本嬢の修士論文の査読。(……)

1月21日金曜日曇

     大学。卒論の草稿読み(130枚)と,指導をこなす。ようやく読み終えた別の草稿70枚分を手に,指示を伝えようとゼミ生の家に電話をかけると(17:00前),「飲みに出かけました。」(兄)
     「ナニー」  
     皆さん,こんな事が許されるのでしょうか。ワシはもう知らん!(怒)

1月20日木曜日曇

     かなり寒い一日。風も強い。風邪といえば,月曜日に遊びに来ていたゼミ生に発症者が出ているらしい。僕はもう,すっかり元気なので,良心がいたむ次第である。
     しかし,提出10日前なのに卒論の草稿を見て欲しいというゼミ生がバタバタと3人も来て,イヤだともいえず,結局土日を潰す事になりそうだ。修士論文の締切日も今日なので,来週あたりは修士論文の査読もしなければならない。これに卒論・試験・レポートと加わって,「悲劇」は完成する。「書くも地獄,読むも地獄」なのである。

1月17日月曜日曇

     7度の微熱があったが,風邪はひとに感染させれば直るということもあるので,構わず出勤する(^^ゞ。で,こういうシンドイ日に限って来客が多い。演習報告の件で来た院生,卒論のことで相談にきた他ゼミ生,暇つぶしに来たゼミ生4名(3年),森先生,試験の打合せにきた非常勤の先生,紀伊國屋書店さん,みんなたっぷり僕の研究室に充満したVIRUSを吸入されたことと拝察する。合掌。
     教務学生係に来年度のフレンドシップ事業の説明会の参加希望者の人数を確認しに出かけて,2名だと言われてショックをうける。帰り際,ふと目にしたポスターに,「インフルエンザは風邪ではない」と書かれてあった。教務の皆さん(特に面と向かって話したM様)に対して,良心が痛んだ。
     庶務で,古書店から届いた「坊っちやん複製原稿」(番町書房)を受け取る。布張りの函が痛んでいたが,まあ美麗な部類だろう。原稿の中身をみていくと,やはり「中国」とかいてあるのを,「四国」に書き直してあった。図書館で登録して貰うために,担当部署にもっていく。漱石の原稿(複製)というので,係以外の人も珍しそうに寄って来てみていた。
     以上が,本日犠牲者(?)であります。うー,吐き気……。

1月16日日曜日雨

     今,センター試験終了。受験生のみなさんお疲れ様でした。監督の相方だった泉谷先生も,お疲れ様でした。声をかけていただいた,伊藤敏幸先生もお疲れ様です。初めての試験監督でしたが,もう2日連続の80分〜60分の試験監督は精神的な拷問を思わせられました。僕は,監督の合間に教室のブラインドのパネルの枚数を数えていましたからね,もう。
     事務方の皆さんも,大変お疲れ様でした。会計係長が廊下でストーブを抱えている後姿には,哀愁が漂っていました。

     なんか疲れているし,吐き気もするなぁと思っていたら,21:00頃から熱は出るわ,吐くわで,どうも相棒の先生のインフルエンザを貰ったようだ。  

1月14日金曜日曇

     午前中会議。午後,ふと昨日とどいた古本の目録を見ていると,以前から欲しくて買うのをためらっていた「坊っちやん」の自筆原稿(複製)が,38,000円で出ていたので,ビックリする。大慌てで,電話で注文した。以前石井和夫先生に,「5万もだして買うのは馬鹿だ」といわれていたので,この値段は合格ラインである。問題は,キープできるかどうかで,以前はこれに失敗していた。しかし,今回は「在庫,ございます」という返事だったので,嬉しかった。そう,女性ならバーゲンで,以前から目をつけていた服や靴をゲットしたときの心境に近いだろう。
     冗談はさておき,「坊っちやん」の自筆原稿の複製が入手できたので,これをテキストデータ化して,現在公開している「ホトトギス」版(初出)・「鶉籠」版(単行本・未完成分)とあわせて,デジタル版の本文作成の作業をすることができそうだ。個人で作業するか,学生に協力してもらうか,共同研究者を募り事業化するかが今後の検討課題である。
     気を良くして,生協のブックセンターへ行く。今日は,センター試験前の下見の日なので,ルーズソックスの制服姿(男子ではない)が目に付いた。10Mくらい列をなして自転車行進するルーズソックス組もいて,周囲の大学生たちと呆気にとられて見物。
     少女小説への社会学的な分析があったので,木村涼子『学校文化とジェンダー』勁草書房(1999)を購入。ちなみに木村氏と僕(独身貴族)は,何の関係もございませぬ。

1月13日木曜日雨

     1限ゼミ。3限特講をこなす。今日から,明治の女性史と文学に入る。講義後,業者から学内の研究会の紀要の初校を受け取る。
     夜18:30から,表町でゼミ(3年生)の新年会。TWO DOGというグレープフルーツの味に近いビールをはじめて呑む。口当たりが良いので,アルコールがまったく駄目な僕でも,1本空けてしまった。おかげで,鼓膜の毛細血管が拡張したのか聴覚がわるくなって,「エー,なんてー」を繰り返す羽目になり,顰蹙を買う。
     このあとカラオケに行く。カラオケで鍛え上げたFさんの歌はお見事で,スピードも安室も見事に歌いこなしていた(相当通ってるだろ)。「カラオケ好きじゃないです」と謙遜していたO君も,ゆずや19の歌を歌って,喝采をあびていたのだった(裏切り者!)。コーラス部ばりの発声の見事な歌あり(地声との差は,天国と地獄並),カーペンターズの歌(やけに日本語っぽい)あり,「アポロ」や渡辺美里の元気な歌あり(やはりボーイッシュだ),ひたすらアニメ狂の歌もあり(なんとかしろー),とても楽しかった。
     僕も歌えと半分脅迫されて3曲(も)歌うが,実はマイクを握ったのは7年ぶりである。昨年亡くなった村下孝蔵の「踊子」を歌って見事最低点を叩き出し,みなの失笑を買った。それからは皆が歌うたびに,「(最下位には)先生が居るから」といわれ続けた。「ウラミ,ウラミハラサデ,オクベキカー」
     22:45に解散,23:30帰宅。

1月8日土曜日曇

     午前中,卒論を読み,メールで送信するためのコメントをエディタで作成する。ワードファイルなので,コメントを埋め込んでいく事も出来るが,論全体に関することになると,機能不足なのだ。午後大学に出勤して,越年越しの雑用の処理にあたる。昨日郷里から持ち帰ったダンボール3箱分の書籍を書架に移す。書架が足りなくなってしまったが,乏しい研究費もとっくに使い果たしているので,机に積んでおくしかない。研究者にとって書架などは必需品なのに,赴任時に書架が満足に揃えられていなかったのが今になっては痛い。どこの大学も,新任にはこう(冷たい)なのだろうか。
     掲示板に,漱石山房の原稿用紙を模したテキストリーダー(ソフト)「漱石山房」が,作者さがわそういちろうさんによって紹介されていた。HPを見るとまさにあの原稿用紙である。MAC ONLYであるとのことで,残念だ。MACユーザが,今日は羨ましい。WIN版の縦書きエディタ「漱石山房」を作って頂けたら,皆絶対買うに違いないと思う。

1月7日金曜日晴

     昨日午前中に郷里を発ち,岡山へ戻ってきた。休暇も今日で終わりである。午後会議。15:00終了後,雑用を片付けた。事務へも年頭の(?)挨拶回り。
     4年のゼミ生から,卒論のファイルがメールで送られてきたので,FDに保存して持ち帰る。帰宅後,年賀状書きに精を出す。年賀状が足らずにFM(ファミリーマート)へ買いに行く。送られた年賀状の中には,一面に子どもの画像をコラージュしたY本K司さんの,親ばか丸出しのものもあって,笑ってしまう。しかし,羨ましい事だ。