津島通信

JANUARY 2001
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◆CONTENTS◆

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【きむたく日記】

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「きむたく日記」

1月31日(水曜日)晴
     昨日は,修士論文の査読をして爆睡した.出勤してメールチェックをすると,広島の山下さんから市役所・県庁への交通手段について懇切に説明されたメールが届いていた.これで,路頭に迷うことなく用事を済ませ,本場のお好み焼きをおいしくいただくことが出来そうである.感謝,感謝.
     さて,今日は卒論の提出日.無事に皆提出されることを祈る.17:00で締切なので,教務係として提出者のチェックをしなければならない.いよいよレポート・試験・論文査読が連続する,恐怖の2月に突入である.
    1月29日(月曜日)晴
       寒い.午前中大学院の今年度最後の演習(山川方夫「菊」).注文書の,『銀のしずく』(知里幸恵遺稿)『沙流川』(鳩沢佐美夫)が届く.山本芳明氏の『文学者はつくられる』(ひつじ書房)を注文する.
       来週月曜日火曜日に各県教育委員会を訪問することになった.教育学部の「営業」といわれるやつだ.僕の担当区域の山口県庁と広島県庁のHPで,庁舎までの案内図を探す.山口は土地鑑もあるので問題はないのだが,広島県の方は問題だ.しかし,HPを探しても,情報が出てこない.ようやく探し当てたが,県外の人間にも直ぐ分かるよう情報を提示する配慮をして欲しいものだ.そりゃ,あまり県外から訪問する用事もないだろうけどさ.それにしても残る1つの広島市役所は,どう行けば良いのか.残る問題はそれである.方向音痴なので,案内図は必須なのだ.タクシーに運んでもらうかぁ.ヤレヤレ.
    1月27日(土曜日)雨のち曇
       午後2ヶ月ぶりに散髪してから,大学に出勤する.たまっていた雑用の処理.2月に出張が3件あるので,その書類書きをしたり,来年度の時間割と手引の校正作業をする.初校と2校の形式を事務方が変えたので,初校がまったく役に立たなくなり頭に来る.しかし,以前は開講時間を手引にのせていたのに,どうして別に時間割を作るのか.手間が掛かるだけなのに!

       昨夜は,岩波新書の「学力があぶない」を読んだ.まぁ,青ざめるようなことばかりが書いてあって,教育学部の人間としていろいろ考えないではいられなかった.一読を勧める.上野健爾氏が説得力のある議論をしているのに対して,もうひとりのOってのが,一言居士でワンマンマンだということも良く分かった.小学校の元校長先生との話のかみ合わない事といったら…(笑).

    1月26日(金曜日)曇
       午前,午後と講義.体調もよく,しっかり話せた.そのことと講義の質は関係ないけれど.講義では,出席カードがわりにコピーの反故をB6サイズに裁断して,感想を書いてもらっている.50人前後のクラスだと,人数分の読み応えがある.今日は,「センセイのHPを見ました」というのがあり,HPを見てくれた受講生は久々だなぁ,と嬉しかった.講義だけだと,雑談もしない真面目一本槍のコワソウなセンセイと思われていると勝手に思っていますが,HPでも真面目でしょ?ねぇ,文部科学省の事務官様(笑).
       今朝のニュースで,教員免許に更新制度を導入する案が出ていることが報じられていた.ゼミ生と研究室でこれで茶のみ話になったが,誰が,どのように評価するのかは,大事な問題だ.生徒にとって良いセンセイが,必ずしも優れた教師ではないだろうし,学校によって良い教師が,子供にとっていいセンセイとは限らないし,そもそも教壇にたっているその人を,「適格」と判断する基準は一体どこにあるのだろう.やはり「国」−文部科学省か.サッカーくじにあきたらず,免許交付機関を設けて,あらたに天下るつもりかとひそかに勘繰るワタシであった.
       次週最後の講義の準備にむけて,山本文緒「プラナリア」の情報を集めようとYahoo!で検索したら,オフィシャルページがあったので,ビックリした.「ヤマモトフミオインフォメーション」とあるので,男性かと一瞬ビビる.プロフィールを見ながら,「ふーん,AB型かあ,崎陽軒のシュウマイ弁当が好きなのかぁ.確かに美味いよな」と呟く.あれ,こんな情報が欲しいのではなくて,といいながら講義レジュメにペーストしたのであった.1962年生まれに知り合いは多いが,この人も結構面白そうなヒトである.
    1月24日(水曜日)晴
       12:00から教室会議.卒論・修士論文の口頭試問日を決め,副査をつとめる修士論文を受け取る.
       12:40から3年生ゼミ.
       生協ブックセンターで,柳美里『魂』小学館,村上春樹『Sydney!』文藝春秋,大野晋・上野健爾『学力があぶない』岩波新書などを購入.
       探求中の大江健三郎「青年の汚名」をインターネットで検索すると,8,000円でヒットした.サイン本は25,000円.バカヤローな値段である.いましばらく,品切れの文春文庫に邂逅する日を夢見て探すしかないやうだ.
       バカヤローで思い出したが,朝日に連載中の4コマ漫画「ノノちゃん」に,ワンマンマン(某有名球団を抱える新聞社の社長で,放言癖はM首相以上.「金環食」にも登場してくる方)というのがいて,最近登場しっぱなしで,大笑させてもらっている.
       バカ系での連想だが,小谷野敦『バカのための読書術』ちくま新書というのが出ている.僕には,新聞の時差保存が参考になるくらいだったが,お勉強に疲れて自分をバカにしてみたいときには,こういう本をみてみるのもいいかも.気が楽になります.それにしても小谷野氏はこういう余技では,実に生き生きしているなぁ.
    1月18日(木曜日)晴
       2:00まで掛かって,上西晴治『十勝平野』下を読了する.オコシップ,上尾周吉,上尾孝二というアイヌ一家3代を通して,アイヌモシリが北海道となり,アイヌ民族が同化政策の中で和人化し,「消滅」したと物語られていく和人のアイヌ観に異議を申し立てた物語である.「アイヌであることに誇りを持て」と教える祖母と,「隠せ」という母に育てられた,孝二の苦悩と,周囲の歴然たる差別.現代にも残る民族差別の問題を読者に投げかけるテクストなのだが,品切れが惜しまれる.
       やっとこさ生協に,服部雅博『「HIV」と暮らす』集英社新書が,入荷した.日本にもHIV/エイズが存在するのに,なぜタイでなければいけないのか,なぜタイだけで完結して日本も共有する問題として考えられないのか,「致死病」などという表現など,著者の問題意識に大いにひっかかる.やっとこさといえば,「日本文学」1月号(沖縄文学と国家)も今日届いた.いつもより6日ほど遅い.
      1月17日(水曜日)晴
       極寒3日目.研究室の暖房が効かないので,ホッカイロを着用(貼り付け)することになった.
       生協ブックセンターに福沢諭吉『女大学評論・新女大学』を買いに行く.実は,2日前から毎日探していたのだが,見当たらずまだ入荷していないと思い込んでいたのである.実は前から平積みしてあったようなのだ.しかし,その派手な表紙の色に惑わされて学術文庫と認識できなかったのだった.で,ようやく購入することができた.帯に「大きな字で読みやすい」と書いてあったが,僕には「大きな字で読みにくい」.他に5冊ほど衝動買いをしてしまう.『ジャポンスコ』(朝日文庫)は世界一周旅行をしていた,ヨゼフ・コジェンスキー(オーストリア=ハンガリー帝国,現チェコ共和国)の明治日本滞在記である.古典のお勉強もしようと佐竹昭広『万葉集抜書』(岩波現代文庫)を買う.
       12:40からゼミ.それから恐怖の耐久教官会議(我慢大会?)である.さて,18:00過ぎに僕は,なんとここに書き記すのであろうか.

       教官会議は,なんと2時間弱というスピードで終了した.ありがたい.スキップしそうな気分で研究室に入って,あまりの寒さに歯が鳴った.
       ゼミの時間の前に,院生が,「先生こんな話が…」と教えてくれたのは,TBSの「エクスプレス」という朝の番組で,芥川賞は200枚以内の作品に,直木賞は200枚以上の作品に与えられる賞だという説明をしていたそうで,彼は首をひねりながら視聴してそうだ.周囲の学部のゼミ生は大笑いし,僕はあきれてモノがいえなかった.誰だそんな馬鹿な原稿を書いたのは!
       文藝春秋のHPには,〈芥川龍之介の名を記念して、直木賞と同時に昭和10年に制定された。各新聞・雑誌(同人雑誌を含む)に発表された純文学短編作品中最も優秀なるものに呈する賞(応募 方式ではない)。主に無名もしくは新進作家が対象となる。〉と,〈直木三十五の名を記念して、芥川賞と同時に昭和10年に制定された。各新聞・雑誌(同人雑誌を含む)あるいは単行本として発表された短編および長編の大衆文芸作品中最も優秀なるものに呈する賞(応募方式ではない)。無名・新進・中堅作家が対象となる。〉と,それぞれ述べられている.
       とりあえず,ここで紹介した山本さんが受賞したことは,(僕の眼力?が証明された意味でも)良かった(笑).

    1月16日(火曜日)晴
       極寒2日目.何時になったら,この寒さが和らぐのだろうか(泣).
       紀伊國屋書店のWEBで,注文書の在庫状況を確認をしたら,上西晴治『十勝平野』上・下(筑摩書房)が,品切だった(アイヌの物語).本そのものは,図書館にあるので問題はないが,持っておきたかった.残念.
       午後,卒論指導2名.教務の雑務.読書.
    1月15日(月曜日)晴
       極寒.この寒さをなんとかしてくれ〜.ガスストーブの周囲しか暖かくならないので,キーボードを打つ指や手がかじかんでしまう.
       昨日郷里に電話をかけたら,朝だけでも10センチ積もって30センチ近い積雪だということであった.今頃は,50センチを越えているかもしれない.温暖化が問題になっていても,これくらい冷えこむんだなぁ.
       午前中の大学院の演習中も,足元から冷えるので,貧乏ゆすりをとめられなかった.午後,ゼミ生の卒論指導.あと締切までの半月を辛抱,辛抱.
    1月12日(金曜日)晴
       出勤しようと思っていたら,「揺れた」.最初は,「眩暈かな」と思ったくらいの微妙な揺れだったが,横揺れを始めたので,地震と分かった.結構長く感じた.
       震源地は,また鳥取かなと思ったら,今度は故郷の但馬地方(兵庫県北部)なので,2度ビックリした.100年ほど前に,北但大震災があり,温泉地城崎が壊滅したことがあり,確かにそろそろ来るころではあったのだ.
       午前中,今世紀最初の講義.久しぶりに大きな声を出そうとしたら,でなかった.声がかすれるばかりで,話が出来ずに大いに困惑した.講義開始後1時間くらい経って,声が出るようになったが,しばらく使わないと声も錆付くのだなぁと思った.
    1月11日(木曜日)曇
       ゼミ生の卒論指導を2人こなす.2人終わったと思ったら,また1人草稿を持ってきた.時節柄仕様が無いか…….
       明日の講義準備にてこずる.なかなか講義用のレジュメが作れない.ワープロソフトの馬鹿変換にむかつき,本当に胃まで痛くなる.ああ,早く春休みが来ないかな.
       17:00から,昨日受け取った草稿を読む.朱を入れ,コメントを書き込み,終わったら19:00前であった.「燃えたよ,真っ白に燃え尽きた……」(矢吹丈)
    1月10日(水曜日)曇
       3年生のゼミ生のデビュー発表.出席率悪く,報告者もがっかりしていた.
       天狗さまから,「国文学」2月号の「学会時評」に僕の論文が取り上げられていたという連絡をいただく.以前九大の海老井先生取り上げていただいて以来である.恐悦至極.
       喜んでいたら,ゼミ生よりメールの入信.「ドアのメールボックスに,卒論の草稿を入れときました.読んでね.」
       阿鼻叫喚.
    1月9日(火曜日)曇
       昨日ジョギングしていて,20分走ったところで,左足首を痛めてしまった.いままでこんなことは無かったのに….〈頭の片隅で小さな疑問符がスネークダンスを踊っている〉(By 夢象氏「断片的日常」).
       生協ブックセンターに野沢尚のミステリーを買いに行ったが,まだ入荷していなかった.「現代思想」1月号が,「IT革命の陥穽」という特集をしていたので,購入.金史良「天馬」を論じた,鄭百秀(ちょんべくす)「植民地「國語」作家の内面」という論考にもひかれた.

       昨日の成人式の騒動の報道を御覧になったかたも多いと思う.「帰れ」コールに怒った高知の橋本知事の胸中を思うと,さすがに同情する.あのピンクの羽織男をはじめ,クラッカーを鳴らし,飲酒し,あげくは山陽新聞の記者に「写真を撮ったろう」といちゃもんをつけ殴りつけた輩などは,もう人間ではなく「ヒト」という動物である.同情するというのは,こういう常識外の存在が人間づらして「大人」として処遇される状況になってしまっているということだ.これをもたらしているのが,広義の意味での「教育」の問題であることは間違いない.とまれ,もう成人式は,各家庭レベルか,地域レベルにして欲しい.1部の人間に過ぎないのはわかっているが,新年早々こういう低レベルの不愉快な「大人」たちの話題は,視聴したくない.

       芥川賞・直木賞候補が発表されていたが,たまたま直木賞候補の山本文緒「プラナリア」文芸春秋を読んでいた.表題作は,25歳の無職の女性を主人公にしたものだ.彼女は乳がんで右の乳房を切除しているが,その精神的な傷がいえないでいる.しかし,両親や恋人はその「傷」を理解してくれない.癌が切除されれば,それで健康にもどるのではない.転位を防ぐ薬や,ホルモン注射などの病後の措置を生きている彼女のシンドサは,誰にも受けとめられない.それを知ってもらいたくて,彼女は露悪的に自分が乳がんであることを公言し,恋人にいやがられる.そしてそれを「屈折」として表象せざるを得ない主人公への抑圧が物語られる.彼女は最後に,信頼していた人物から,「好意」という形の抑圧を受けて傷つくことになる.その内実については,本をお買い求めください.1,400円ですが,それなりの価値があると思います.

    1月5日(金曜日)晴
       久しぶりに大学に出勤する.教務係なので,越年の仕事があり,他の先生のように8日まで休めないのである.

       今日に間に合わせるべく,昨日兵庫県北部の故郷から車でもどって来たのであるが,北部は3日から雪が積もり始め,車のタイヤがノーマルタイヤの僕の顔色は,積雪量に比例して白くなって行くのであった.4日の朝,車の屋根に積もった積雪は,約20センチ.僕が車に乗り始めたこの5,6年間,正月にこれだけ積もったことはない.
       「どうしよう」と思ったが,県道に出れば仕事始めの日ということもあり,道が開いているだろうと「楽観的」に考え,「雪国の人間でさえ,この季節にはスノータイヤを履くのに,ノーマルなんて無謀だ」(妹),「結婚しないうちに死ぬ気か!」(父)という周囲の反対(罵倒)を押し切って,車に乗り込んだ.県道に出るまでの村道――勿論道は殆んど開いていない――をスリップしながら,なんとか県道まで運んでいくことに成功した.教習所で,雪道でブレーキを踏むとスリップするということは,聞いていたが,本当なので感動した.怖いのは,後輪の空回りではなく,前輪が,ブレーキを踏んでいるのに,スーッと滑っていく「現象」.この向こうに人や対向車があると想像すると,とても「怖い」(いや,この僕が「怖い」人なのだろう).今度から帰省するときには,チェーンを買っておかんとなぁと一応反省した.
       八鹿町,和田山町は吹雪いていたが,播但道に乗って朝来町や生野町まで南下して来ると,雪はチラチラ舞っていても,山や町には積雪もなく,太陽も出ていて,同じ兵庫県かと見まがうくらいの天候の差があった.もう「天国と地獄」である.これから城崎あたりでカニを食おうという人は,国道312号線を使う場合,豊岡市に入るあたりから融雪装置が県道にはないため(市内はある),チェーンを装着する必要があるので注意されたい.岡山は,風が強く,冷え込んでいたが,雪も無いので安心して走行できた.

    1月1日(月曜日)
       新世紀,おめでとうございます.20世紀は戦争の時代でしたが,今世紀はどんな時代になるのでしょうか.平均余命からすると,僕にはあと40年くらいしかありませんが,この人間社会の行く末を見つめていきたいと思います.
       さて,以下は年頭に読み終えた本の一節.

        さて,私の時代認識や社会認識では,今後各分野でいよいよ「強さ」の分析よりも「弱さ」の研究が重視されるようになるのではないかとおもわれる.強大な国家よりも弱小の民族が,強がりの競争よりも弱がりの文化が,完全をめざす組織より欠陥をいとおしむグループが,自信よりも危惧が,制圧よりも葛藤が,定着よりも遷移が,勝者の演劇性よりも敗者の物語性が,実はより豊かな情報を含んでいることに気がついていくだろうということだ.
         このことはたんに少数者の意見を重視すうるということではない.むしろ事柄や現象の量の大小にかかわらず,「僅かな変化」に注目するということである.「近さへの冒険」をするということだ.そうすることは,おそらく多元性や多様性をうけいれる最も有効な方法であるとおもわれる.ただしそのためには,われわれの思考が意外なほどに非線形(ノンリニア)な表現をとりうるということを,もっともっと大胆に公表していかなければならないのかもしれない.(松岡正剛『フラジャイル』筑摩書房,1995,386頁)